ignissionのブログ -4ページ目

ignissionのブログ

大人のための静かな学びの場「Ignission」の記事の紹介をしていきます!

2026年1月3日、ドナルド・トランプ米大統領(以後:トランプ大統領)はベネズエラで大規模な軍事作戦を実施し、マドゥロ大統領(当時)とその妻を拘束しアメリカに移送したと発表しました。この軍事行動の目的についてアメリカ政府は、「ベネズエラを通じて米国内に大量に運ばれる麻薬の輸送ルートを遮断することを目的とした米麻薬取締局(DEA)の任務支援」つまり「法執行処置(Law Enforcement Action)」であると発表しています。

 

 


しかしながらアメリカ国内外から、この軍事作戦について「国際法違反」「主権の侵害」などと批判的な声明が発信されています。この記事では、アメリカが今回の軍事作戦を実施するに至った背景や、ベネズエラ人はこのマドゥロ大統領の逮捕をどのように感じているのか、今後の課題はどんなことなのかを書いていきます。


・ベネズエラとはどんな国?
・マドゥロ大統領とはどんな人?
・今回の軍事作戦の目的は?
・ベネズエラ国民の反応
・まとめ

 

 



ベネズエラとはどんな国?


ベネズエラは南アメリカ大陸の北端に位置し、カリブ海に面した国です。隣国はコロンビア。国土面積は日本の2.4倍、2026年現在の人口は2800万人程(日本の1/4程度)です。世界最大の石油埋蔵量を誇り、その質は超重質油、確認埋蔵量は約3030億バレル、これは米国の6.5倍超であり、計算上では全世界に埋蔵する原油のおよそ18%がベネズエラにあることになります。

かつてのベネズエラはとても裕福な国でした。石油産業には多くの民間企業が関わり、国民の一人当たりGDPも南アメリカで最高値に達し、国民は豊かな消費生活を謳歌しました。特に1970年代に2度の石油危機を受けた空前の石油ブームに沸き、ベネズエラ社会の繁栄は最高潮に達しました。スコッチウイスキーの消費量が世界一になるなど、当時のベネズエラ社会の繁栄ぶりを示す逸話が多く残されています。首都カラカスには高層ビルが立ち並び、その様相は南米のドバイとまで呼ばれました。

しかし1999年にウゴ・チャベス大統領が就任すると状況は一変します。ベネズエラに莫大な利益をもたらしていた石油産業を国有化し、そこから得られる利益を一部の富裕層だけが独占する仕組みを構築しました。その結果ベネズエラの石油産業には競争原理が働かなくなり、生産設備への設備投資が滞ったために次第に設備も老朽化し、生産効率が著しく低下しました。そして2013年にチャベス大統領が亡くなると、その後を継ぐ形で大統領に就任したのが、マドゥロ大統領でした。マドゥロ大統領就任後、チャベス大統領が石油産業を国有化したことの影響が顕著になり始め、加えてマドゥロ大統領の政策の悪手が重なり、ベネズエラの経済は急速に縮小・崩壊していきました。2018年にはインフレ率が100万%を超え、GDPはわずか7年で1/5にまで縮小しました。国民は飢餓に苦しみ、病院には薬もなく、電気も水道も止まってしまうのが、ベネズエラでの日常になりました。

その結果、多くの国民が移民としてベネズエラから脱出しました。2026年1月現在、ベネズエラを脱出した移民・難民の総数は少なくとも790万人以上(ベネズエラの全人口の約23%に相当)に達していると推測され、これはラテンアメリカにおける近代史上最大の国外流出となっています。ベネズエラからの移民の主な流入先は中南米・カリブ海諸国、特に隣国コロンビアには約281万人のベネズエラ人が居住していると考えられています。そしてアメリカによりマドゥロ大統領が拘束されるまでは、継続的に1日平均で約2,000人がベネズエラから国外へ脱出し続けている(た)とされています。

2015年までは、ベネズエラ原産の石油の最大の輸出先はアメリカでしたが、ベネズエラ政府の政策によるベネズエラ国内の人権状況の悪化や民主的手続きの無視を理由に、アメリカ政府はベネズエラからの原油の購入を大幅に縮小させました。その結果、マドゥロ政権は新たな石油の輸出先の確保と政権延命のために中国やロシア、イランなどの社会・共産主義国家に接近し、ベネズエラ産の原油の大半は大幅な割引価格で中国に輸出されています。

そして中国政府はベネズエラと「全天候型戦略パートナーシップ」を結び、ベネズエラを中国の広域経済圏構想「一帯一路」に組み込みました。これにより近年では特に中南米諸国全体が米国よりも中国を重視するようになる「脱米国化」が加速しており、経済面だけでなく軍事・情報面においても中南米に社会・共産主義国の影響力が日に日に増していく状況が継続しており、象徴的な出来事として2025年11月にはロシアが最新鋭の防空ミサイル・システムをベネズエラに配備していました。

 

 


マドゥロ大統領とはどんな人?

 

1962年11月23日、首都カラカスの労働者街生まれ、身長190cm。マドゥロ家は労働者階級であり父親は労働組合の指導者でした。民族的にはメスティーソ(白人と先住民の混血)でユダヤ系ベネズエラ人の家系です。母テレサ・モロスはベネズエラとコロンビアの国境都市ククタの出身であるため、母方を通じてコロンビア系の血も引いています。宗教的にはカトリックに属していますが、ヒンドゥー教の宗教家サティヤ・サイ・ババの思想に影響を受けてインドに赴いた経験があり、キリスト教徒ながら輪廻転生も信じているといわれています。

高校では学生団体の書記長を努めましたが、卒業前に退校してカラカス地下鉄が運営するメトロバスの職員になりました。その後少しずつ政治活動に関わるようになり、24歳の頃にはキューバに渡り共産主義を学びました。1980年代のベネズエラは原油に依存した経済構造から巨額の負債を抱えており、国際通貨基金(IMF)の指導によって新自由主義的な企業中心の経済政策が推進されたことで貧富の格差が拡大していました。マドゥロは次第に当時の政府への不信感を募らせていき、当時陸軍中佐だったチャベスに接近していきました。

チャベス中佐(当時)たちは石油産業の国有化やアメリカの影響力からの脱却を掲げて軍や労働者からの支持を拡大していきました。1998年、大統領選挙でのチャベス陣営勝利に尽力し、自らも下院選挙に出馬して当選を果たしました。その後、ベネズエラ統一社会党(PSUV)の結成に参加、外務大臣、副大統領を務め、2013年3月5日、チャベス大統領が病死すると、自ら大統領に就任しました。

マドゥロ大統領の政策は一貫してチャベス路線の踏襲であり、加えていつの選挙においても不正選挙についての指摘がなされていました。2024年7月の大統領選挙では野党候補のエドムンド・ゴンザレス氏が67%の得票で圧勝したとされていますが、政府による公式発表ではマドゥロ大統領(当時)が51%の得票で勝利をしたことになっています。

外交面では中国やロシアそしてチャベス時代から親密だったイラン、シリアなどの反米主義政権とより結び付きを深めており、かねてよりトランプ大統領はベネズエラのマドゥロ大統領が米国に密輸される「麻薬組織」のリーダーであると批判し、米司法省はマドゥーロ大統領を麻薬密輸の罪で起訴、加えて情報提供に5千万ドル(約78億円)もの懸賞金がかけられていました。

 

 


今回の軍事作戦の目的は?

 

前述の通り、公式発表では「ベネズエラを通じて米国内に大量に運ばれる麻薬の輸送ルートを遮断することを目的とした米麻薬取締局(DEA)の任務支援」でしたが、これを含め主に次の3つの目的があったと考えられます。


①米国への麻薬の流入を食い止めること
②中国やロシアなど社会主義国への石油の供給を減らすこと
③南米に中国やロシアの傀儡国家ができることを阻止すること



ーーーーーー [理由①] ーーーーーー

米国は長年にわたり、麻薬による多数の薬物依存者や死者を出し続けています。その規模は、社会問題という一言で終わらせるにはあまりにも重大です。毎年約10万人のアメリカ国民が麻薬により死亡し、米国内には常に2800万人程度の薬物中毒者がいると言われています。アメリカ政府は1980年代より「麻薬テロ」という呼称を使用して、国家をあげて麻薬の販売組織との闘いを続けてきましたが、それでもアメリカ政府は麻薬によるアメリカ国民への人的被害を食い止めることはできずにいました。

現在アメリカに出回っている麻薬の種類は下記の通りです。


・フェンタニル
・大麻
・ヘロイン
・コカイン
・覚醒剤


トランプ大統領はベネズエラをフェンタニルの流通拠点だと主張してきました。2010年以降のアメリカでは「フェンタニル」による中毒・死亡者が急増しており、その被害は甚大です。フェンタニルはモルヒネと同様に「オピオイド系」と総称される麻薬性鎮痛剤の一種で、戦場で負傷した兵士の激しい痛みを即座に抑えるために使用されてきました。フェンタニルはトローチ状に加工することもできるため、保管や使用・持ち運びが容易で、戦場では特に重要視されたそうです。米食品医薬品局(FDA)にも医薬品として認可されており、米国では1960年代から末期がんのケアなどにも使われています。

しかしながら19世紀からフェンタニルの高い依存性が問題視されており、米国をはじめ世界中の国ではフェンタニルの使用と流通には厳格なルールが適応されています。現在米国をはじめさまざまな国で問題になっているフェンタニルは医薬品として製造されたものではなく、違法につくられて規制外のルートで流通する不法なものです。

けれどもフェンタニルの密造業者を取り締まることは容易ではなく、植物原料を使うコカインやヘロインと異なり、化学物質を合成してつくられるフェンタニルは畑が必要ないために秘匿性が高く、技術的にも比較的簡単に合成することができるといわれています。そして恐るべきはその安価なコストと効果で、効果はヘロインと比較するとなんと約50倍、わずか2ミリグラムの摂取で死に至る恐れがあるそうです。そのためアメリカではフェンタニルの中毒者が増え続け、それと同時に、若年層の間ではフェンタニルの過剰摂取による死亡者数が交通事故や銃による死亡者数を上回っているそうです。そして世界中の麻薬業者が、広大なマーケットがあるアメリカに麻薬を送り続けており、この麻薬を巡る問題は経済や社会保障の問題にとどまらず、アメリカの治安や安全保障にも直結する極めて重大な問題であるということができます。前述の「麻薬テロ」という呼称やアメリカ政府の認識が、決して大袈裟なものではないということがよくわかります。

ここまで、現在アメリカにおいて麻薬による被害が甚大であること、そして現在のアメリカに蔓延する麻薬の中で最も恐ろしいのはフェンタニルであることを説明してきましたが、ベネズエラはフェンタニルの製造拠点でも流通拠点でもありません。ここに、麻薬取締局(DEA)や国連薬物犯罪事務所(UNODC)などの報告書とトランプ大統領の主張との乖離が見られます。

麻薬取締局(DEA)や国連薬物犯罪事務所(UNODC)などの報告書によると、アメリカに持ち込まれるフェンタニルの製造拠点は主にメキシコやコロンビアであり、その原料は主に中国やインドからもたらされ、アメリカへの密輸は陸路で行われているそうです。

しかしながらベネズエラは古くからコカインの一大製造拠点の一つであり、潜水艦や小型の船を用いて海上ルートでアメリカに麻薬を密輸するための一大拠点の一つだったことに違いはありません。ベネズエラや隣国コロンビアで製造されたコカインがベネズエラ国内の販売組織の手に渡り、カリブ海や中央アメリカを通過して数千トンが毎年アメリカに密輸されているそうです。

また前述の通り、一見ベネズエラはフェンタニルとは関係が薄いようにも思われがちですが、ベネズエラ経由で取引される麻薬の利益が、フェンタニルを扱う麻薬組織の資金源となっている可能性も指摘されています。そしてベネズエラ経由でアメリカ社会へ麻薬を販売する麻薬組織を先導しているはマドゥロである、というのがトランプ大統領のかねてからの指摘でした。すでにトランプ大統領の1期目の2020年3月、米司法省はマドゥロ大統領らを「麻薬テロ」を共謀した罪などで起訴しており、2025年8月には、マドゥロ大統領の拘束につながる情報提供に5千万ドル(約78億円)もの懸賞金をかけました。同年9月以降にはベネズエラからの「麻薬運搬船」とみなした船舶をカリブ海上で30回以上攻撃し、その過程で100人以上の乗組員を殺害したとされています。


ーーーーーー [理由②] ーーーーーー


前述の通り、ベネズエラには約3030億バレルの石油埋蔵量があるとされ、その量は全世界の石油埋蔵量の18%に上ると言われています。しかし現在ベネズエラで産出される石油の約80%は中国に向けて出荷されており、中国の経済成長を陰で支えています。

ただ過去を遡ると、もともとベネズエラの石油の最大の輸出先はアメリカで、アメリカの製油所はベネズエラ原産の重質油向けに設計されていました。しかし2015年以降、ベネズエラ政府の政策によるベネズエラ国内の人権状況の悪化や民主的手続きの無視を理由に、アメリカ政府はベネズエラへの経済制裁を開始、更に2020年にはマドゥロ政権による麻薬取引への関与と、ベネズエラ国内の人権状況の悪化や民主主義の侵害を理由に経済制裁を更に強化しました。

その結果、アメリカが購入しなくなったベネズエラ産の原油の80%は中国に向けて運ばれ、その他にはインドのReliance Industries、イタリアのEni、スペインのRepsolなどが制裁を回避しながら原油を買取り、そこにはロシアのタンカーも利用されています。

これではアメリカ政府のベネズエラへの制裁は全く意味を成さず、むしろアメリカと経済的な対立関係にある中国やロシアへの高品質な原油の流入を見過ごしている状況が続いていました。


ーーーーーー [理由③] ーーーーーー


中央アメリカにはキューバがあります。キューバは社会主義共和制国家であり、1962年10月には旧ソ連がキューバに核ミサイルを配備したことで米ソ間で核戦争寸前まで緊張が高まったキューバ危機が発生しました。現在でも地球上では民主国家と社会・共産主義国家との対立が続いており、特にアメリカは中南米諸国の政治体制に非常に敏感です。

ベネズエラに対してアメリカが経済制裁を開始した後でベネズエラに接近し、経済的に援助をしたのは主に中国とロシアでした。そのため現在のベネズエラは社会・共産主義社会からの影響を多大に受けており、実際に軍事面でもロシアや中国は最新鋭のミサイルや防空システムをベネズエラに提供しました。

そのためトランプ政権は南米に再びかつてのキューバのような中国やロシアの傀儡国家が発生し、アメリカの安全保障や経済的利権が脅かされることを警戒していました。

 

 


ベネズエラ国民の反応

マドゥロ大統領が拘束・アメリカに移送されてから、SNSは歓喜するベネズエラ人の動画で溢れかえりました。しかし冷静に状況を眺めてみると、ベネズエラ国内には「歓喜と期待」「反発と抗議」、そして「沈黙と不安」が混在した状況だということが理解できました。

長年の経済崩壊と抑圧に苦しんできた層の人々は、マドゥロ大統領の拘束・移送のニュースが流れた直後から、「独裁からの解放」を喜ぶ人々が屋外に出てベネズエラ国旗を振り、祝い合う姿が見られました。またベネズエラを脱出して近隣諸国や米国内に避難していた数百万人のベネズエラ難民の中には、今回のマドゥロ大統領の拘束を非常に肯定的に受け入れるメッセージを発信する人々や、帰国への希望を述べる人々がいます。

一方で、マドゥロ政権を支えてきた層の人々や政府機関の人々は、今回の件を「米国の帝国主義による拉致」と激しく非難しています。カラカスなどの主要都市では、マドゥロ大統領の支持者らが「大統領を返せ」「主権侵害だ」と訴える大規模な抗議活動を展開しました。一部では米軍の介入に反対する市民による小規模な衝突も報告されています。

そしてそのどちらでもなく、おそらく最も多くの一般市民は、平穏な生活と経済復興がもたらされることを願いながら情勢を見守っている状態だといいます。マドゥロ大統領が拘束された直後は食料品店やガソリンスタンドに長蛇の列ができたそうですが、現在では行列もなくなり過度な不安は落ち着いているそうです。今後どのように政府が運営され、国民の生活が改善されるまでどれくらいの時間がかかるのかはわかりませんが、国際社会がしっかりとベネズエラの状況を見守る必要があると感じます。

 

 


まとめ

 

ここまで記事を読んでくださり、ありがとうございます。マドゥロ大統領の拘束については、見方によっては様々な評価の仕方があると思います。マドゥロ大統領を国家元首と見るか犯罪者と見るか、今回のアメリカの行動を内政干渉と見るか、抑圧されていた国民の解放とみるのか、これらの視点の違いにより、今回の件には様々な評価の仕方があると思います。

そしてトランプ大統領の主張とベネズエラから流入する麻薬の種類がおそらく異なっていたことは否めませんが、ベネズエラという国家がアメリカに密輸される大量のコカインの一大拠点だったこともまた事実です。

ベネズエラ国民の反応や意見についても同様に、このベネズエラの件については、定量的に提示できるデータや完全なNoも完全なYesもありません。この事態を注視するそれぞれの方が情報に触れて、個人個人で判断をするしか、今のところはこの事態を判断するための材料が乏しいと私は考えます。

この記事が、それを助けるための切り口を皆さんに提供することができれば嬉しいです。


おわり