2012年12月、自民党は安倍総裁の下、民主党から政権を奪取しました。コーポレートガバナンス・コードは、その直後に打ち出された経済政策「アベノミクス」の議論の中で、その骨格が定められました。主な経緯は下の年表の通りです[1]。
内閣発足後2年半ほどで、アベノミクスの3本目の矢である成長戦略の一つとして、スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードが作成されました。
この2つのコードは、その後の10年間でのフォローアップや、それぞれ2回の改訂も併せて、日本企業の経営に相当な変容をもたらしました。これは何を目的にしていたのでしょうか?
その話に入る前に、安倍政権が発足した2013年ごろの株式市場の状況を押さえておく必要があります。
前回の投稿でも書きましたが、バブル崩壊後、日本の株式市場の保有構造に大きな変動が起きていました。銀行のシェアは年を追って減っていき、その代わりに外国法人等と信託銀行が存在感を高めていたのです(グラフ参照)。
出典:東京証券取引所ほか「2023年度株式分布状況調査結果の概要」
一方で、株価は、2008年のリーマンショックの少し前から急落し、4年間ほど底を這うような状態でした。つまり、日本の市場で株を買い増していった海外の機関投資家は、株価の急落や低迷に不満を抱えていたことが想像されます(グラフ参照)。
かぶれん「日経平均株価の推移(長期チャート))
https://www.kabutore.biz/shisu/nikkeiheikin.html
このような状況と、のちに述べる海外機関投資家や日本側の動きから、コーポレートガバナンス・コード導入の理由は、低迷している日本の株式市場に海外機関投資家の資金を呼び込んで株価上昇を実現するための環境を整えることだったと推定されます。
すなわち、投資家の不利益にならないよう、投資先企業は株主の利益を第一に置いて、適切にコーポレートガバナンスに取り組み、その状況を株主が明確に分かるように開示する、日本の機関投資家は最終受益者(委託者)の利益を第一に行動する、などの方向へ促そうとしました。コーポレートガバナンス・コードでいえば、5つの基本原則[2]とその下位原則を定め、証券取引所に上場する企業が基本原則とコードが推奨する実行方法を受け入れること、受け入れない場合はその理由を説明すること(Comply or Explain)を要求したのです(コードの内容については別投稿で検討します)。
本投稿が2つのコードについて外資を呼び込むためだと断定する理由は、①海外機関投資家が日本の市場や政府に働きかけていたこと、②日本の関係者が示唆していること、です。以下、それを説明します。
まず、海外機関投資家の動向ですが、第2次安倍政権発足をさかのぼること5年、リーマンショック前の世界金融恐慌の不安が兆していた2008年5月、欧米アジアの機関投資家の団体ACGA[3]が「日本のコーポレートガバナンス白書」を発表しました。これは、日本のコーポレートガバナンスについて世界の機関投資家が共同で作成した初めての文書でした。
白書は、日本の資本市場が世界的な競争力を持つためにはコーポレートガバナンスが重要であると指摘し、健全なコーポレートガバナンスは日本経済の長期的な成長を支えるはずだが、大部分の上場企業のガバナンスは、次の3点で期待に応えられていない、と主張しました。
●企業戦略の適切な監督が行われていないこと
●資本市場が本来持つ規律から経営陣が保護されているために、健全で効率的な企業統制のある市場の発展が阻害されているだけでなく、ほとんど不可能になっていること
●日本の社会的セーフティ・ネットである年金制度の維持に不可欠なリターンを提供することができないこと
そしてこれらの課題を解決するために、6つの提言を行いました。
1 上場企業の所有者としての株主を認めること
2 資本の効率的な活用
3 独立的立場からの経営陣の監督
4 新株引受権と第三者への株式発行(の制約)
5 ポイズンピルによる買収防衛(の撤廃)
6 議決権行使における公平性と透明性
白書の論調は、2008年秋のリーマンショック以前ということもあり、2014~2015年に制定されたスチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードに比べて株主至上主義の色彩が強いものになっています。しかし、白書の提言については、両コードの制定会議やフォローアップ会議等に引き継がれたものと思われます。ACGAは、白書発表後も継続してコーポレートガバナンスに関連して金融庁などに働きかけ、また諮問に答えました[4]。実際、2016年6月にはフォローアップ会議に招待され、会議メンバーへのプレゼンテーションと意見交換を行うなど、一定の影響を及ぼしました。[5]
ここでアベノミクスの話に戻りますが、自民党の日本経済再生本部は、2013年5月、政府の再興戦略の発表に先だって「中間提言」を発表します。幅広い経済政策を含むものでしたが、この中の「金融・資本市場の魅力拡大」の項で、次のように市場の未来像が描かれていました。
「香港、シンガポール、上海などのアジア新興資本市場の台頭を踏まえつつ、日本の資本市場がニューヨーク、ロンドンなどとも比肩できる世界の代表的な市場としての評価を5年以内に確立する事を目指し、市場の魅力拡大に最大限努める」[6]
「中間提言」には、ほかにも次のような項目が上がっています。
・コーポレートガバナンス強化(独立社外取締役の確実な導入、取締役の教育方針についての開示)
・株式持ち合い解消等(株式持ち合い解消、銀行の株式保有制限強化の検討)
・公的・準公的資金(GPIF等の公的年金、独立行政法人、国立大学法人、特殊法人及び公益法人等)の運用の見直し等
・金融・資本市場の魅力拡大(資本市場の監視・監督体制の格段の強化)
これがACGAの影響を受けたかどうかは不明ですが、自民党も、コーポレートガバナンスを強化して株主の監視を強め、公的年金の運用を見直して日本の資本市場を成長させる構想を持っていたことが伺えます。3年ぶりに民主党から政権を奪取した沸騰する空気の中で、役所[7]か経済界から何らかの提言を受け、上げ潮の未来を描いたのでしょうか。
以上、海外機関投資家の動きを紹介しましたが、日本側の思惑はどうだったのでしょうか。それに関連して、2021年10月に日本取引所グループCEOの清田瞭氏が、竹中平蔵氏が司会を務めるYouTube番組で証言しています。番組のテーマは「コーポレートガバナンス改革について」というもので、本投稿に関連する部分では次のような内容が確認できます[8]。
・バブル崩壊後、GDPが低迷を続けて株価も下がっていったが、株価を上げる力が理屈として見出せなかった。そんな中で、取引所としても、上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を支援すべきだという問題意識が高まっていった。
・そのためには株主の支持が必要になってくる。(部門別保有シェアの推移のグラフを示して)外国人投資家は、バブル崩壊による株価の低迷により合理的な株価水準を見出して日本企業の株を買うようになり、その保有比率は30%前後となった。株式の所有構造が大きく変わった中で、日本企業がグローバルな成長に向けた資金を調達するためには、企業の経営が、株主から透明で見てわかりやすく、経営者のビジョンや事業戦略が納得のいくものであることが必要となる。こうした観点から、株主との建設的な対話を通じて中長期的な企業価値の向上に取り組む経営者の支援と、株主利益の向上を図るべく策定されたのがコーポレートガバナンス・コードである。
・企業の大株主である機関投資家は、日本では歴史的に銀行系が多いが、(同系列の企業の意向ではなく)機関投資家の背後にいる本当のアセットオーナーの意向をよく考える動きが定着し始めている。スチュワードシップ・コードに賛成した以上は、投票行動を開示することが求められるようになっているため、いつまでも「なあなあ」の行動はできない。
・(機関投資家のサポートをする)議決権行使助言会社が決める方針に従わない機関投資家は、逆になぜ従わないのか説明を求められる。議決権行使助言会社は海外の機関投資家と同じような考え方なので、海外投資家の影響が非常に大きくなっている。一部上場企業では、そういった海外の機関投資家と対話をしながら経営をすることが普通になっている。
以上、海外機関投資家の提言、自民党の提言、日本取引所グループの認識を紹介しました。これらから、スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードの制定および運用は、日本市場で存在感を高めた海外機関投資家が資金を投じやすくすることが主な目的であったと推測できます。
それでは、海外機関投資家は、政府や証券取引所の思い通りに実際に日本市場への投資を増やしていったのでしょうか。長くなりましたので、それを次回に取り上げたいと思います。
[1] 安倍内閣の動向は、主に軽部謙介『官僚たちのアベノミクス』2018年、岩波新書を参考にした。
[2] 5つの基本原則は、①株主の権利・平等性の確保、②株主以外のステークホルダーとの適切な協働、③適切な情報開示と透明性の確保、④取締役会等の責務、⑤株主との対話、であった(株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」2015年6月1日 )。
[3] Asian Corporate Governance Association。同団体のホームページは次の通り。
ACGA | Asian Corporate Governance Association
白書の日本語訳は、ACGA | Asian Corporate Governance Association。
[4] 同団体ホームページの「Japan Advocacy」
[5] 金融庁ホームページ「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(第8回)議事録」
スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(第8回)議事録:金融庁
[6] 自由民主党日本経済再生本部「中間提言」(2013年5月10日)
[7] 「企業統治研究会報告書」(経済産業省・経済産業政策局)や「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ報告」(金融庁・金融審議会)などでコーポレートガバナンスや資本市場に関する検討が行われた。
[8] 「政策メディア 霞ヶ関TV政策解説 政策分析ネットワーク」【第42回】コーポレートガバナンス改革(清田 瞭 × 竹中平蔵)。収録日:2021年10月30日。その5分あたりからコーポレートガバナンス・コードについて、26分あたりからスチュワードシップ・コードについて発言している。


