(以下の記述には、11月5日に投降した「神宮外苑再開発を可能にしたのは東京オリンピックだった (関連年表)」を使っていますのでご参照いただけますと幸いです。関連年表は情報を少し増やした微修正版を本日アップします)

 

2021年7月、コロナ感染症の蔓延におびえる中で、東京オリンピックが開催されました。同月、東京都は「神宮外苑地区公園まちづくり計画」提案書について、公園まちづくり制度を適用する旨を事業者に通知しました。公園まちづくり制度が出来て9年目、初の適用です。

 

再開発計画はまっしぐらに着工への道を進んでいました。しかし、各方面での反対の声は予想外に広がり、ほどなく立ち往生しているかのような状態に陥ります。

 

まずは環境運動・歴史保存運動の動きです。これは市民や研究者によってはじめられ、ユネスコの諮問機関であるイコモスという強力な援軍を得るに至りました。以下、経緯を追います。

 

2021年12月13日、東京都は、神宮外苑の地区計画変更と都市計画公園の削除に関する原案を公告、意見を求めました。これに対して12月28日に日本イコモスが意見書を提出[1]、さらに明けて2022年1月の石川幹子(日本イコモス理事)は自らの調査により、事業者の計画を進めた場合に約1000本の樹木伐採が行われることを明らかにし、懸念を表明しました。しかし、東京都の都市計画審議会は同年2月に原案のまま可決し、計画は3月10日に告示されます。

 

日本イコモスは、2022年の2月・4月・10月に提言(施設配置計画の対案を含む)を都知事等に対して行いました。さらに2023年1月に事業者より提出され公示された環境影響評価書について、「調査・予測・評価への非科学的対応と、誤った事実認識」によって、生態系の破壊や持続不可能な森、そして市民の手で作られた文化遺産の破壊をもたらすものだ、と厳しく批判しました。

 

市民による活動としては、2022年2月、カップ ロッシェルが署名運動「神宮外苑1000本の樹木を切らないで~再開発計画は見直しを!」を始め(2023年12月10日段階で賛同者は22万9000人超)、国立競技場の建て替えをきっかけに活動を始めた「神宮外苑と国立競技場を未来へてわたす会」は、2022年11月に外苑再開発計画の見直しを求める緊急声明を発しました。

 

立案の過程で、事業者は地元住民への説明会を何度か行ったようですが、その説明の仕方について、ごく限られたメンバーを対象にした、詳しい資料の配布がなかった、など、消極的な情報開示姿勢に批判が寄せられています[2]

 

カップ ロッシェルは、2022年11月、都市計画を専門とする研究者である大方潤一郎にインタビューし、事業者の計画の問題点をYouTubeで明らかにしました[3]。ここで大方教授は2点を指摘しています。

 

①施設再整備計画が、公園や市街地の空間デザインとして妥当か。緑地やオープンスペースに手を付け、突出した超高層ビルを建てて景観や住環境を悪化させ、神宮球場や秩父宮ラグビー場などの歴史的建造物を壊すのは適切か

 

②公園まちづくり制度を秩父宮ラグビー場に適用するのは、制度本来の趣旨に照らして適正な運用とは言えないのではないか。また、計画の審議過程が、透明性・客観性・市民意見の反映・公正公平性などが十分ではなかったのではないか

 

さらに②に関連して、容積率移転の問題についても触れています。都市計画公園は本来許可されなければ建物が建てられない場所であるにもかかわらず、容積率適正再配分型地区計画を採用することによって、公園内の使わない容積率を超高層ビルに集めるというやり方が適切なのか、という点について疑問を呈しています。なぜなら、容積率移転制度は、もともと米国で出来たもので、緑や歴史的建造物を再開発から守るために作られた制度だからです。しかし、この神宮外苑の計画では、歴史的建造物である神宮球場やラグビー場を壊し、樹齢100年を超える樹木を伐採して超高層ビルを建てるという、逆の目的に使われているというわけです。

 

次に政治家に目を転じると、2022年11月、「神宮外苑の自然と歴史・文化を守る国会議員連盟」が超党派で発足し、自由民主党の船田中議員を中心に活動を開始しました。2023年1月には再開発計画の大幅な修正を求める決議文をまとめ、文部科学省・環境省・東京都などに提出しました[4]

 

東京都議会でも、2023年10月5日とごく最近になってからですが、共産党・立憲民主党・生活者ネットワーク・ミライ会議などの議員40人により「神宮外苑再開発をとめ、自然と歴史・文化を守る都議会議員連盟」が発足しました[5]

 

反対運動に賛同する政治家が保革を問わない点が興味深いところです。

 

さらに国民に広く影響力を持つ文化人も声を上げています。2023年3月、音楽家の坂本龍一は、小池都知事らに外苑の樹木伐採に反対する意見を表明しました[6]。6月、小説家の村上春樹は、ラジオ番組『村上RADIO』で外苑再開発への強い反対を表明しました[7]。9月に「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」が再開発の見直しを求めた声明には、作家・俳優・政治学者など著名文化人78名が賛同したとのことです[8]

 

しかし、2023年2月16 日、再開発事業の施行は認可され、さらに5月には東京都の環境影響評価審議会が、事業者の評価書に虚偽や間違いはなく再調査の必要はないと結論を出して環境アセスをクリアしたため、工事がスタートすることになりました。

 

これに対して2023年9月7日、世界イコモスは神宮再開発についてヘリテージ・アラートを発し、同計画の撤回を要請しました。その内容はつぎのようなものです(原文は英文)

 

1、事業者である三井不動産株式会社、明治神宮、日本スポーツ振興センター、伊藤忠商事株式会社は、神宮外苑の再開発計画を直ちに撤回し、国際企業として、宗教法人として、また、公明正大なスポーツ振興者としての社会的・倫理的責任を果たすこと。

 

2、東京都は、超高層ビル建設のために、都市計画公園を削除するという決定が、公園を利用する都民の権利を永久に奪うものであること、再開発事業のために実施された環境影響評価には根本的な誤りがあり、科学的方法論に基づいて再審を行う必要があることを認識し、関連する都市計画決定を見直すこと。

 

3、明治神宮は、神宮外苑が市民の寄付と奉仕活動によって造られ、「永遠に美しい公園として維持する」という約束のもと明治神宮に奉献されたことを認識し、再開発事業から直ちに撤退すること。

 

4、港区、新宿区、渋谷区は、将来の世代のために、神宮外苑が「名勝」に指定されることを確実にするため、協力をして取り組むこと。

 

5、日本国政府は、東京だけの問題とせず、積極的な解決策の方法を考え、共に取り組んでいくこと。

 

日本イコモス[は]、大量の樹木の伐採を伴わず、現在の計画から生じる二酸化炭素の排出を防ぐ代替案を提示した。

イコモスは、多様な利害関係者が、公園の将来についての議論に貢献できるフォーラムを創り出すことを要請する。

  (2023年9月7日     神宮外苑に関するイコモス・ヘリテージ・アラート[9]

 

世界遺産の登録にも影響力を持つと思われる国際機関からの指摘は、重く受け止めるべきではないでしょうか。

 

さて11月5日の投稿で、この20年間続いてきた巨大な利権を求める再開発への批判について、その骨子を次のようにまとめました。

 

①都市開発による利益獲得をめざす民間企業が、1990年代から執拗に都市計画上の規制緩和を求め、外苑再開発もその中で構想された。

②東京都庁の都市計画部門も、早くから積極的に規制緩和の要請に応じる手立てを講じてきた。

③都市計画上の規制は歴史的に定着していたものだが、これをはずすために、国民的スポーツイベント(ラグビーワールドカップと東京オリンピック)を利用した。

④明治神宮は、高さ制限が大幅に緩和されたことで得られた容積率を、自らは使用せずに開発事業者に売却(他のビルに移転)し、その金で神宮球場建て替えなどの設備更新を行うことをもくろんだ。

⑤以上を、政治家・都庁幹部・開発事業者・明治神宮が結託して進めた。

 

 これらの歴史的経緯を、ここ4回ほどの投稿で追いかけてきました。再開発は現在のところ止まっているように見えますが、このままイコモスの勧告のように、全面見直しとなるのでしょうか。そう簡単ではないと私は思います。なぜなら、事業者は膨大なお金と時間をかけてこの計画を練り上げ、東京都は行政上の手続きを踏んでその計画を認可したからです。生半可なことで計画を見直すはずがないのです。

 

イコモスが声明を発したのち、東京都議の中に新たな動きが出てきたことは、反対派にとっては希望です。しかし、その数はまだ都議全員の3分の1ほどです。方向を転換することがあるとすれば、それは東京都知事の決断だけではないでしょうか。来年7月に知事選があります。ここで争点の一つとなれば全面見直しが動きだすのかもしれません。

 


[1] 日本イコモスの活動の経緯は次のサイトにまとまっている。https://icomosjapan.org/work4/

[2] 石川幹子「近代日本の文化的資産である神宮外苑の保全と継承に向けて―社会的共通資本である都市の緑地の保全に向けて―」『環境と公害』2023年冬号、大橋智子「明治神宮外苑再開発計画にみる問題―市民の立場から―」『環境と公害』2023年冬号、森まゆみ「神宮外苑は「創建の趣旨」に立ち戻れ」『世界』2022年12月号

[3] 大方潤一郎東京大学名誉教授のオンラインセミナー「神宮外苑再開発の何が問題か〜「都市計画」の視点から読み解く」(ロシェル コップ主催、2022年11月19日)https://www.bing.com/videos/riverview/relatedvideo?q=%E5%A4%A7%E6%96%B9%E6%BD%A4%E4%B8%80%E9%83%8E%20%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97&mid=453E6F34EFB056EA8494453E6F34EFB056EA8494&ajaxhist=0

[4] 『AERA dot.』2023年3月30日。https://dot.asahi.com/articles/-/2069?page=1

[5] 『朝日新聞』2023年10月5日https://www.asahi.com/articles/ASRB56HSJRB5OXIE014.html

[6] 『東京新聞』2023年4月12日。https://www.tokyo-np.co.jp/article/243643

[7] 上杉隆『五輪カルテル』2023年8月、朝日新聞2023年6月26日

[8] 『朝日新聞』2023年9月4日https://www.asahi.com/articles/ASR945F8NR94OXIE01C.html?iref=pc_extlink、

『NHK NewsWeb』2023年9月4日https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230904/k10014183321000.html

[9] https://icomosjapan.org/work4/