ガバナンス改革に批判的な経済界の潮流

前回投稿で紹介した伊丹敬之『日本型コーポレートガバナンス』は、日本の会社制度が分水嶺にあった2000年の段階で、〈コア株主とコア従業員によるコーポレートガバナンス〉を提起しました。しかしその後の歴史は、その提案とは異なる道、短期大量保有者を含む株主全般の利益を重視する道を進みました。特に2015年以降は、政府と証券取引所が音頭をとってコーポレートガバナンス・コードを使い、非常に明確かつ強力に株主至上主義を推進しました。

 

しかし近年ではあまりにも株主至上主義が過ぎるのではないかという批判が沸き起こっているようです。金融庁と東証が主催するコードのフォローアップ会議でもそれが伺えるのですが、2025年9月に行われたシンポジウムで、経団連の審議員会議長である冨田哲郎氏(JR東日本)は、コーポレートガバナンス・コードが日本企業に悪い影響を与えているとも聞こえる議論を展開しており、注目されます。

 

シンポジウムのテーマは「持続的成長を導く取締役会へ ガバナンス改革10年の到達点と課題」で、産経新聞社主催、日本取締役協会の特別協賛で開かれたものです。

 

「企業経営の役割は、社員の力を引き出し、伸ばし、活かす。そして、経営者自らがビジョンを示し、自らの言葉で社会や社員に語りかける。そのような自律的な経営が重要なのではないかと考える。

今の日本経済は稼ぐ力、付加価値を生み出す力が伸びていない。

株価は上昇したが、GDPも賃金も伸びていない。背景には、現在の企業経営が、短期的な利益や株価、資本効率を上げることに偏重していることがあるからだ。

株主還元は大きく伸びたが、従業員への配分や設備投資はほとんど伸びていない。

自社株買いは2006年からの総額が、約120兆円。これが投資に向けられていれば日本のGDPは大きく変わっていたのではないか」

 

冨田氏の発言は、11月7日の投稿で紹介した河野龍太郎『日本経済の死角』の論旨と非常に似ています。経団連のNo.2ともみなされる地位にある人の公的な場での発言であることは注目されます。

 

株式市場から離脱する企業

コーポレートガバナンス・コードによる上場企業への規制に関連して、非上場化を選択する上場企業が増えている、という趣旨の投稿を2025年5月にしました。

https://ameblo.jp/igirisusochan/entry-12904758840.html

 

その後、つい最近、1月初旬にもサロンパスで有名な久光製薬が経営陣による非上場化する計画(MBO)を公表しました。

久光製薬がMBOで非公開化へ、1株6082円-今期業績予想を取り下げ - Bloomberg

 

非上場化の理由について、同社ホームページでは次のように言っています。文中の中冨一榮氏は同社社長であり、MBOの推進者です。

 

「中冨一榮氏は、当社が株式上場を継続する限りは株主を意識した経営が求められ、短期的な利益確保・分配への配慮が必要になることから、当社株式の上場が、短期的な利益水準の低下やキャッシュ・フローの悪化等を招くおそれがある一時的な費用支出や先行投資、抜本的な構造改革等の中長期的な施策実行の足枷となる可能性が高いと考えている」[1]

 

株主を意識しすぎると長期的な投資がしにくいという趣旨ですので、本ブログの5月の投稿の趣旨と同じく、ガバナンス改革が進んで企業が追い詰められているといえるように思います。日本では、大企業が上場する比率が欧米に比べて高い[2]とされています。上場が経営にマイナスの影響を与える場合は、上場にとらわれる必要はないと考える企業が増える可能性はあるでしょう。

 

以上、コーポレートガバナンス・コードに批判的な言論や行動についてみてきましたが、他方で金融・証券関係者を中心に、企業ガバナンスの改革は道半ばであるとする考え方も根強く、経済界には2つの潮流があるようです。すなわち、株などの証券を金もうけの手段と考える流れと、本業のための資金調達とする流れです。

 

「資産運用立国」という日本の国策は、2つの流れのうち前者の投資家を重視する施策を選択したとも言えますが、バランスが投資家に傾きすぎているため、投資される側(事業会社)の反発や離脱を生んでいるのが現状と考えます。金融は経済の血液と古くから言われますが、コーポレートガバナンス改革に対する批判は強くなっており、政府がどのように方向づけするか、注視したいと思います。

 


[1] Chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.hisamitsu.co.jp/company/pdf/news_release_260106-3.pdf

[2] 「第1に、必ずしも注目されていないが、日本では大企業は上場する傾向が国際的に見ても強い。例えば、1998年の売上上位500社のうち上場企業は352社(70%)を占める。それに対して、英国ですら上場企業の比重は28%にとどまり、独・仏では14%、イタリアは10%以下である(売上上位1,000社、1996年調査)」(宮島英昭「企業統治改革に向けて―日本版コーポレートガバナンス・コード策定の視点」『月刊資本市場』2014年12月号)

https://www.camri.or.jp/files/libs/442/201703271742354226.pdf