これまで3回、コーポレートガバナンス改革に関するテーマで書いてきましたが、今回は一転してトランプ現象について考えてみたいと思います。というのは、この2つは共通する政策に由来すると考えられるからです。
トランプ現象を理解できない日本人
手掛かりとして、YouTube、Pivotチャンネルの「【トランプと参政党が支持される理由】「ディープステート陰謀論」の真実を会田弘継が解説」[1]という動画を取り上げます。
動画タイトルの「ディープステート陰謀論」といえばその解体を宣言する米トランプ大統領を思い浮かべる人も多いと思います。マスメディアではトランプは大統領就任前からすこぶる評判が悪いものでした。その理由としては、2016年の大統領選で敗北したのち支持者をあおって議事堂を襲撃させたとされる件をはじめ、公私の言動に問題があること。ポピュリズムに乗って自らの考えを押し通し、既存の「リベラルな」社会秩序を破壊しようとしていること。欧米の世論にかまわずウクライナや中東でこれまでの政策をひっくり返そうとしているように見えること。日本に対しては自主関税の押し付け、5,500億ドルの投資要請(強要?)。
何かにつけトランプ大統領の行動や政権の成果について欧米のマスメディアが批判的報道を行い、日本のマスメディアもそれに共振するかのように、悪口を言い立てます。しかし、マスメディアの報道にもかかわらず、2024年の選挙でアメリカの有権者は大きな差をつけてトランプを大統領に選んだことを忘れてはいけません。
アメリカはなぜトランプを選んだか。これについて日本ではメディア報道が乏しく、日本人は事情をあまり知らないのではないでしょうか。
私自身、2016年の大統領選ではヒラリー・クリントン有利の事前予想をくつがえしてトランプが当選したことに驚いてしまい、若干の危機感と野次馬根性に従って、生まれて初めてアメリカ大統領の就任式をテレビで見たことを思い出します。
その後、メディア報道やSNSによって、アメリカが都市部と地方で政治的経済的に分裂していること、もともと製造業が盛んだった中西部から北東部にかけての地域で、多くの工場が閉鎖して労働者が職を失い、今日ではラストベルト(錆びついた地帯)と呼ばれていること、貧しくなった人々、特に白人からトランプが支持されているらしいこと、などを知りました。
しかし、冒頭で紹介したYouTube動画で展開される元共同通信記者・論説委員長にしてアメリカ思想史の研究者である会田弘嗣[2]氏の話は、実に体系的、説得的であり、さまざまな情報の断片をつなぐ統一的視点を提供してくれるように思いましたので、以下に紹介します。
会田氏の議論に比べると、NHKの日曜の討論番組や、BS民放のウィークデイの夜の報道番組に出てくるアメリカ政治の専門家たち(学者、ジャーナリスト、元外交官)の話は、アメリカ合衆国なりトランプなりの一面しか見ていないことを改めて感じます。専門家であれば会田氏が語る事情や状況、例えばアメリカの庶民の絶望感を知らないとは思えないのですが、あえて語らないことで日本の視聴者の思考を狭い檻のなかに閉じ込めようとしているかのようです。あるいは本当に認識していないのかもしれませんが。
経済格差がトランプ大統領を生んだ
YouTubeでの会田氏の発言のうち、次のような点に私は着目しました。
●アメリカではエリート層(大企業の経営者、専門家、富裕層、知識人)によって政治が動かされており、議会で成立する法案のほとんどはそうした人々の意図に基づいている。このことは学術的に研究されてきており、2014年に発表された論文「アメリカ政治の理論」[3]は高く評価されている。
●オバマ政権時に起きた2009年のリーマンショックに際して、政府は多額の税金をつぎ込んで破綻しそうな金融機関を救済したが、破産状態に陥った一般の人々は放置した。この結果、中間層は激しく資産を失う一方で、上位10%の富裕層はむしろ資産を増やした。しかも、金融機関の経営者たちが刑事訴追されることはなく、政府がつぎ込んだ大金を使った退職金を得て会社を辞めていった者もたくさんいて、社会問題にもなった。
●経営者が訴追されなかった背景には、政権とウォールストリートの間に暗黙の了解があった。このことはアメリカでは民主党系の人びとの内部告発本により広く知られているが、日本のメディアは伝えなかった。格差拡大や金持ち優遇政策というアメリカの実情を知らない日本人にとって、2016年大統領選でのトランプ現象は突然起きたものと映り、その意味は全く分からなかった。
●民主党の支持基盤は、全米3,000の郡のうち東海岸・西海岸に近い500ほどであり、残り2,500は共和党が強い。両者の人口はほぼ同じだが、経済面で見ると共和党支持が強い郡の経済力は民主党側の半分から1/3程度であり、これらはアメリカの経済成長から取り残された地域と言える。
●民主党が富裕な地域で勢力を伸ばした歴史をさかのぼると、レーガン政権時代、政府の関与を減らして民間の力に任せるネオリベラリズムの政策を取り、成功した。民主党は、この流れに巻き込まれる形で、それまでの労働組合への依存をやめて、企業寄りの政党に性格を変えていった。特に環境産業、ITを巨額の資金源として、共和党をはるかに上回る選挙資金の基盤を民主党は獲得した。
●オバマ政権時代に広がった資産格差に人々は絶望したが、もう一つ、2011年の9.11以降、中東でアメリカが戦争を拡大し、兵隊に行った人々やその出身コミュニティでは絶望感が広がった。
会田氏はこのように、民主党が経済的な優越者のための政党に性格を変えたこと、国民の経済的格差が広がって、取り残され絶望した人々はトランプに票を入れたことを説明します。この観点からいえば、トランプ現象を生んだのは貧富の格差であり、多くの貧しい人々がトランプに期待して投票したのです。
ここから話は反グローバリズム、そして日本へと展開します。
●冷戦後のグローバル化の中で、企業は世界中から人を集め、世界中に工場を持つようになった。そうすると企業は、多様なジェンダー・宗教・歴史観に寛容でなければ会社を運営していけない。一方でグローバル化の外にいる普通の人たちは、これまで通りの生き方をしていきたいのに、エリート層から多文化の価値観を押し付けられ、「あんたたち何でそんなこともわからないの」と言われ、ポリコレ(政治的正しさ)に対する不満がたまる。
●日本の反グローバリズム政党である参政党は、同じように経済的不満を持つ都市の比較的若い層に広がったものとみられ、ヨーロッパも含めて先進国で同時に起きている現象が日本でも始まったと位置づけることができる。
以上、会田弘嗣氏はアメリカでトランプへの支持が拡大したことの原因として、政策によって経済格差が広がったことを指摘し、その潮流は同じように格差拡大が進むヨーロッパに広がり、日本でも起こりつつあることを統一的に論じました。
日本のコーポレートガバナンス改革は富者の優位を志向するのか
ここでコーポレートガバナンス・コードについて振り返ってみると、過去3回の投稿で、コードの目的は主として海外の機関投資家の資金を呼び込んで日本の株価を押し上げることにあり、企業はこれに従って自らの利益を投資や給与に使わずに株価上昇に活用しており、株主至上主義とも呼べる状態にあることを述べてきました。
それでもNISAなどを使う小口の投資家にとって、株価が上がっている間は反対するものではないでしょう。
しかし、小口投資さえできない家計が日本にはたくさんあります。総務省が2024年に行った2人以上の世帯の調査[4]によれば、平均貯蓄額は約2,000万円、中央値が約1,000万円となっていて、それなりに皆さん持っているなあという印象ですが、一方で100万円未満しか持たない世帯が約1割、300万円未満の世帯が約4分の1を占めています。
出典:「家計調査報告(貯蓄・負債編) -2024年(令和6年)平均結果- (二人以上の世帯)」(総務省報道資料)
また、野村総合研究所のレポート[5]では、富裕層(純資産1億円以上)・超富裕層(5億円以上)は2013年以降一貫して増加しており、ここ数年の株高で世帯数は約11%、資産総額は約29%増えたとのことです。
出典:「野村総合研究所、日本の富裕層・超富裕層は合計約165万世帯、その純金融資産の総額は約469兆円と推計」(野村総合研究所プレスリリース)
日本人の経済的格差は、着実に進んでいるものとみられます。アメリカのような貧富の格差が広がった社会、数兆円の年収を受け取るイーロン・マスクがいる同国とは程度としては比べものにならないとしても、そういう社会へ向かう方向性を是認する日本人はどれくらいいるでしょうか。
[1] https://youtu.be/783OEGqYyBc?si=mrVaHKBpKqLiZtmT
[2] 会田氏が多数の著書・訳書をものしていることはWikipedia等で確認できるが、Webで読むことができる資料として次がある。
保守思想とアメリカ政治の現在 ―ポピュリズムとの相克― | 一般社団法人平和政策研究所
__JIIA AMERICA_COVER for view.indd(トランプ政権を取り囲む思想潮流を考える
──反レーガン主義とポスト・リベラルの興隆)
[3] 「Testing Theories of American Politics: Elites, Interest Groups, and Average Citizens」(Martin Gilens & Benjamin I. Page, 2014年)。約2000の法案のデータ分析を通じて、富裕層や大企業の意見が政治に強く反映されている一方、一般市民の意見はほとんど反映されていないことを示した
[4] 家計調査報告(貯蓄・負債編)-2024年(令和6年)平均結果-(二人以上の世帯)
[5] 野村総合研究所、日本の富裕層・超富裕層は合計約165万世帯、その純金融資産の総額は約469兆円と推計 | ニュースリリース | 野村総合研究所(NRI)





