お見合い結婚がまだ流れの中にあった時代と、今のお見合いパーティでは大きな違いがあります。

まず第一に、
お見合い対象の良い所も悪い所もよく理解している立場の近親者が紹介し合うのが従来のお見合い結婚。
対してお見合いパーティは当事者をよく知らないスタッフが表面的なことでマッチングしてカップルを完成させる。このシステムでは浅いコミュニケーションや表面的な条件でマッチングされてしまうというのと、恋愛市場でモテない人を救済するというお見合いの本来の役割を果たしていないということ。

第二に、
お見合いは第三者が介入し、お節介をやくことで当事者の背中を押して、行動する勇気を与えていた。そもそもそういう行動したり、評価に晒されたりするのが嫌な人間は、婚活パーティ的なものに自分の意思で行けない。


いま、少子化が声高に叫ばれる中で、
金がないとか的外れな意見ばっかで、本当に嘆かわしくなります。
ずばり、婚姻率の低下離婚率の上昇
これしかないです。

昔は貧乏で日々の生活が苦しく生きていけなかったから、
親はある程度大きくなった子供を抱えておくことなんかできなかった。
だから、食いぶちを自分自身で稼ぐため、もしくは結婚して家庭に入るということを引き換えに、結婚しないとやっていけなかったから、自然とそうなっていたということです。

今は、、、
子供が結婚しなくても(できなくても)親が面倒みれたり。男は勿論、とくに女性が給与を稼いで一人で生きていけるのが当然になったことから、
生きるために結婚していた。
親に孫をみせるために結婚していた。
などの過去の妥協の末に辿り着いていた結婚を現代人はしなくなったということです。
厳密には、パートナーとして許容範囲の年齢・容姿・収入・性格などの選別の幅の狭まり。


つまり何が言いたいかというと

女性に過度な自由=社会秩序の乱れ

が起こるということ。
女性は皆が羨むような人気の男にまず群がります。そこで、溢れた女は次のランクの男にいきます。
そして、そこの恋愛市場から溢れた男女は婚活パーティ的なものにいったとします。
しかしそこでも厳しい選別に晒され、溢れた男女とも最低ランクの印鑑を押されるわけです。

こうなったらもう生きていく気力を保つので精一杯ですよ。
そして、その許容範囲でいられるかどうかのラインが男女とも年々狭まってきているということ。
こんなことで、結婚促進、少子化改善とか無理がある。
金がないから~職がないから~とかいう少子化の理由。ただのモテない男女の建前ですから、真に受けてる人は残念ですね。



え?国レベルで真に受けてる?