男の自分がするのもおかしな話なわけですが、あえて男が女の人の視点を予想してみることにします。

まず最初に女の人は、男の何を見て何をいいと判断してその男を求めるようになるのか?
そこをメタ視点で見ていきたいと思います。

若い10代の頃からぼんやりと、こういう異性がいいという認知が作られていくんだと思います。

それらの認知は、
①自分の本能によって内側から出てきたもの②親しい誰かの言葉の影響を受けたもの
③打算的な判断
④その異性をパートナーにした時、第三者からどう思われるかという視点
⑤そのどれにも属さない妥協

大別するとこんな所でしょうか?

これらを家族や友人関係から影響を受けながら、どういう異性を選択するのがいいのかという認知がぼんやりとできてくるわけです。

まずわかりやすいのが、多くの女性に支持される人気物件。こちらに女性は群がるという性質があります。

女性がこの世の中で、男を判別する側にいて、実際に子を宿すわけなので、選別で失敗できないということをDNAに刻まれているのでしょう。

だから、多くの女性が支持する男を選べば間違いがないだろうと考えるのでしょうね。
よく他の女が付き合ってる男を取った取られないで泥沼化していることがありますが、
あんなもの男側からすれば、種を大量に蒔ければどっちでもええわの精神です。

男は、俺はどっちのものでもないし、種蒔いたあとに面倒ごと持ってこられたら、逃げるでー、むしろお前らから消えてくれるとありがたいくらいなもんです。

自分がマーキングした男の所有権を争う女は実に愚かです。

この争いが起こる時点で男が理性的ではなく目の前に美味しそうなエサがあればただ食う不誠実なアホ男なことが確定してるからです。

男は女の人から生きていく上での自信を貰ってます。
生まれながらにモテ続けてきた男はこれを自覚することはないでしょうが(女が周りにいてあれこれしてくれるのが当たり前なので)
そうしてうまれた気持ちの余裕から、人に対してリラックスした態度を取れるようになり、それがまた別の異性を惹き付ける原動力になる。

という好循環のループができる。
この世では、モテる一部の男が枯れるまで、偏ってモテ続けるサイクルがとっくに出来上がっているのです。

女の人は、このループに乗ることこそが、正しいんだと信じて疑いません。
イケメン、高学歴、高収入、ステータス、話術
口を開けばそんなことでしか判断していないような人が多いのが残念でならない。

逆に言うと、男はこのハリボテさえ作ってしまえば、『後で女性をどう扱おうと』その時は時すでに遅しで、悪い男に引っかかり続ける女が後を立たなくなるわけです。

だから、女性の中の前提条件がまず間違っているということです。

まず見た目がいい男に遊ばれただけだとしても関わったりすると、それが自分の男を選ぶ際の基準となります。

イケメンと付き合ってる私=価値が高い
という実態の伴わない歪んだ認知が作られてしまいます。

その後、歳を食ったら捨てられて、その頃には、なんでこの価値の高い男とばかり付き合ってきた(実際にはやり捨て)価値の高い私がこんなゴミ男と付き合わなければならないんだという歪んだ認知を発揮するようになります。

もうこうなったら取り返しがつきません。

女性の価値は年齢によるものが過半なので、
価値が減っていることを自覚できずに、過去の遊ばれて捨てられてきたいい男(笑)たちのいいところだけをつなぎ合わせた残像と比較していい男いねがー妖怪ババアになってしまうのです。

だから、まず10代の時期に、異性を判断する力を磨かなければいけない。

それは上記で上げたような表面的な部分ではないはず。

自分の人格と見た目を磨きながら、人を見る目も磨かなければいけない。

女の人は男からセックス決められると、スイッチが入るという仕様になっています。

つまり、女性の判断力が低下している時に、軽率な男がやってきて、何かの間違いで体を許してしまうと、そこで、男を本当の意味で判別できていないのに、女の人の好意スイッチが入ってしまい、そのままズルズルといってしまう。

時間が経過して、性欲の利害関係がなくなり、正気に戻ったときには、そのパートナーは全然相性がいい存在ではなく、
早く目の前からいなくなって欲しいという忌むべき存在に成り下がっている。

これが女性の
皆がいいと思った物件に群がる。
セックスを簡単にヤル。簡単に売る。
表面的なスペックで⭕をつけて群がる。
をしてきた末路です。

そうじゃない賢い女の人からしたら、一色多にするなと激昂して呆れるでしょう。

しかし、この手の女の人が少なくないのです。
10代の頃から認知を間違って形作ってしまっている。親もあまり当てにならない。友達も異性はよくわからない。自分もよくわからない。

だから皆が支持している物件を選べば間違いない!という思考の放棄を選択する。