(この記事を書きながら、BGMにマイケル・ジャクソン「スリラー」を聴いています♪)
キングオブポップに敬意を払い、王冠モチーフのキラキラブローチを付けて行きました。
映画を観て色々な気づきがありました。
父親は、従わないと幼いマイケルを虐待していた。現在なら罪になるところ。
曲も詩もミキシングも撮影のカメラワークまでも全ての完璧を目指したマイケル。
純粋でストイック。
上昇志向、ビジネスセンス、自分の力になってくれる人を見抜く目。
少年のような傷つきやすい心と優しさを持ちながらも、厳しいビジネスの荒波に立ち向かう精神力の強さも兼ね備えていた。
全てをほぼ1人で包括していたから、時間はほんとに無かったと思う。
(記事で読んだことがあるが、食事担当者が20種類くらい作っても、1スプーンしか食べなかったとか!)
マイケルの死を聞いた時、とてもとても悲しかったけど 8歳から厳しい父親の指導の元で、同年代の友達と遊ぶこともできずに、ステージに立ち続けていたことを思うと、「もう休んでいいんだよ、やっと本来の自分に戻れるね」、と声をかけてあげたい気持ちがした。
たった一つ手にすることができなかったもの。
それはもしかしたら【心の平穏】。
マイケルは生前、「人は僕をただの『お金の湧き出る牛(搾乳機)』としてしか見てくれない」と周囲に漏らしていたらしい。
人間不備に陥っていたとも伝えられています。マイケルのスターとしての栄光の裏には、その純粋さと富を利用しようとする人々との戦いが常にあった。
映画の最後にBADのステージが映し出される。
まるでマイケルが乗り移ったかのような圧巻パフォーマンスだった❗️
(360度全ての方向から音が聴こえる「ドルビーアトモス」のスクリーンにして良かった)
映画館の売店は小さめだし混んでいたので、丸井アネックスの6階へ。
(12日からポップアップショップのオープンをキャッチしていた)
が、ここでもゴッホ展と同様に入店するための列、列、列。
並んでいたら前の二人の会話が聞こえきた。「あのTシャツいいよね!フジロックに着て行ったら良さそう♪
(エッ!あなたはホントにマイケルのファンなんですか?)
順番がやっと来て入店してみると初日なのに、なんだか商品が少ない。
Tシャツの種類はまあ多かったけど。
尋ねたところ、売れてしまったとのこと。
Tシャツを1枚だけ買いました。
〜補足情報〜
マイケル・は「キング・オブ・ポップ」として君臨した天才。純粋でストイックな完璧主義者でした。世界中に多大な愛と平和(ヒューマニズム)を訴え続けました。
頭の中に鳴っている完璧なサウンドをコーラスからリズムまで全てボイスパーカッションで表現し、それを形にする驚異的な努力家でした。ダンスにおいても、誰も見たことのない動きを追求し続けるストイックさを持ち続けた。
音楽と同じくらい、世界平和や子どもたちの支援に情熱を注ぎました。「ウィー・アー・ザ・ワールド」などのチャリティ活動を主導し、多額の寄付を行ってギネスにも認定されるほどの人道主義者でした。
※マイケルの死因は、専属医師によって投与された強力な麻酔薬「プロポフォール」と鎮静剤の急性過剰摂取による心不全(急性薬物中毒)だった。
1984年、マイケルがペプシコーラのCM撮影中に頭皮に大やけどを負った事故は、ステージの特殊効果(花火)の火の粉が彼の髪に引火したもので、このトラウマ的な体験と後遺症が、彼を処方薬依存へと向かわせる大きな要因の一つになったと言われています。
あれだけ1回1回のステージに完璧を求めてエネルギーを費やしてき
た。
体力的にも精神的にも半端なく消耗したはず。
痛々しく感じてしまう。
幼少期から父の厳しい管理下で「ジャクソン5」として活動し、通常の少年時代を過ごせなかったことが、精神的な傷(トラウマ)として残りました。
人間不信や孤独を癒やすため、自身の邸宅(ネバーランド)に遊園地を造り、動物や子どもたち、そしてファンタジーの世界に心の安らぎを見出していました。
この深い孤独と重圧は、彼の繊細な感性や音楽表現の源泉となった一方で、精神的・肉体的な苦悩も生み出す要因となりました。
【貴重情報】
【貴重情報】
新宿丸井アネックスのマイケル・ポップアップショップに入るために並ぶと手渡されたブックレット。
最後のページに「BAD WORLD TOUR」を支えたEPIC・ソニーの田中章氏の記事がありました。
「レコーディングでは『これくらいでOK』という線を認めず完璧主義でした。ダンスも同様で、来日中もホテルの部屋の一角にダンス練習用の木のフロアーを作り、ツアー中でも練習を繰り返していました。
細部までこだわった芸術家的完璧主義とストイックさ、責任感は彼が幼い頃から培ったプロ意識からくるものです。『見てくれる人々を幸せにして、現実を忘れるような魔法の時間を届けたい』という使命感にあったと思います。」
「あれだけ世界中から誹謗中傷にさらされ、傷つけられてもなお、その美しい精神を失わず強く生きてくれたことは、奇跡ですらありました。
彼が様々な苦難に置かれたのは、当時は現在とは比較できないほどの激しい人種差別があったからです。
その中で彼がいかに立ち向かい、差別の壁を打ち破っていったのか…。」
「楽曲やダンスの評価に比べ、マイケルが音楽で訴えようとした平和、反戦、人種差別、博愛、環境問題といったメッセージへの注目度が、どうしても薄く感じるんです。
改めて彼の音楽を聴いて、魂からのメッセージに耳を傾けて欲しい。そう、心から願っています。」



