今 振り返る N゜3
ホームステイの生活が5日目には始まって
バナンコロ村で水道なし電気なしのくらしでした。
私がお世話になったTRAORÉ家は村の中でも
(たぶん)お金持ちの家庭。
村のくらしというよりは、首都に近いおうちの佇まいでした。
お父さんはフランス語の先生、お母さんは助産師さんで
2人とも首都で働くまさに現代の家庭。
家族が十何人もいる他の家族とは違い、
家に住んでるのはたったの(それでも)9人でした。
家には確かに水道がないのですが、ジェネレーターがあるので
電気は3日に1回は使えるし、TVも見れる。
YAMAHAのバイクがあって(韓国製より何倍も高い!)
今思えば贅沢なおうちでした。
お手伝いさんは毎朝お湯を沸かしてくれて
バケツに入ったちょっと煙くさいお湯で
身体を清めるのは、それはそれで
なんだか贅沢な気持ちになって、とても良かったな~
と今思います。
初めて、青空の下バケツで水浴びをした時の
気持ちよさは きっと忘れないです。
そしてホームステイ1週間たったころに
アフリカの洗礼を受けて、
三日三晩おなかを下し39℃以上の発熱、そして嘔吐。
病院に行き、採血するも血管が細いため、2回ミスって
3回目でやっと血が取れました。
その後何週間か針刺した部分が内出血して痛かった。
お腹は駆虫剤を飲んだらすっかりすぐに元通りでした。
うれしかったのは、助産師さんのママが
すっごく心配してくれて、添い寝(?)してくれたこと。
しかし、私は1時間半に一回トイレに起きてしまっていたので
そのたびにママを起こしてしまい、申し訳なかった。
そして、このホームステイで一番感動的だったのは、
出産に立ち会ったこと。
ママが助産師のため、近所の妊婦さんがうちで出産することに!
実は家の裏に診療所的なものを持っていたTRAORÉ家。
そこで出産は始まりました。
一言でいうと、怖い!怖さで手が震えるのです。
私とママしかいないので暗い部屋の中
当然私がライトを照らしたり注射するために手を縛ったり
アシスタント的なことをしなければならないのだけど
全く使い物にならない私。
子供の頭が出てくるのをライトを照らしつつ
(っていうかそんなとこライト照らしていいのか謎だった)
私もひーひーふーしながら見守りました。
赤ちゃんはなかなか出てこず、30分くらい(体感で)かかって出てきました。
たぶん凄く速いと思うけど、ママは遅いと言っていた。
そして衝撃!赤ちゃんなんです。黒人だけど!
赤いの!というか黒くないというか。白でもなくて。
生まれたときは世界中の赤ちゃんなんだな~って!思いました。
腕出して!って言われて、布渡されて、
ほいっ!と生まれたての赤ちゃんを抱かされて
50mほど歩いてお家の中へ移動。
責任重大のミッションをこんな私にやらせるなんて!
ドキドキと共に腕の中に生命をひしひしと感じました。
そして首都に帰る前日の夜、
近所の妊婦さんが産気づいてまたまたお産参加。
今回は長丁場で、最後しか参加できなかったけれど
なんと今度は双子の赤ちゃん。しかも男の子と女の子。
そして予想通りの重大ミッション。
200m以上先の妊婦さんの実家までまたもや私が、
今度は2人の赤ちゃんを抱いて行きました。
ドキドキさせられっぱなしのお産体験。
でも、非常にいい経験でした。
ママにあなたはラッキーガールよって言われて、
本当にそうだと つくづく思いました。
今 振り返る N゜2
マリについて3日間はあいさつ回りに予防接種などなど。
他の3人の省と私の配属先、女性児童家族促進省(長い!)にも
ご挨拶に行きました。
この女性ばかりの省の歓迎っぷりがすごくって。
私の働く学校の校長先生もわざわざ来てくださって、
名刺をくださったのだけれど、
その裏には「かなに 私のたっぷりの愛情をこめて ありがとう」(直訳)
と書かれてあって 胸がじーーーん!。
その反面、新卒でここに来て技術面でとっても不安な私は
すごくうれしいこととは分かっていても、
それをプレッシャーに感じてる部分もありました。
そのせいか、環境の変化のせいなのか
私が今まで経験したことのない
ホームシック ってやつにかかってしまいました。
4日目の夜、お母さんと電話をしたら、
熱いものがこう 込み上げてきて。
電話を切る前に泣きそうになってしまったので
早々に電話を切り、一人で涙ぽろり。
こんなことって初めてで、
まあマリに来てから初めてづくしなのだけど、
自分はまだまだだな、
と弱い自分に気づかされたのでした。
今 振り返る N゜1
さあ いよいよ出発という時になっても
涙はぜんぜん出ませんでした。
笑顔でじゃあねって。
奈緒子にもらったジジのぬいぐるみと
小さな花束を手に持って。
2年間がスタートしたんだねって
何度も言って再確認しました。
パリまでセネガル隊のみんなと一緒に
向かい、空き時間で凱旋門まで行きました。
フランス語の難しさにさっそく
心折れそうでした。
次の日、セネガル隊と別れるとき
じーん、として涙がぽろりしそうでした。
マリ隊4人で飛行機に乗り込むと
あたりまえなんだけど周りはほとんど黒人。
なんだかそれがすごくドキドキしました。
なんの心配もなく、到着したマリは意外(!)と
きれい というのが第一印象。
狩られるんじゃないかなんて思ったけど
そんな雰囲気全くなくて
迎えに来てくれた こっちの調整員の方と
ご挨拶して、ホテルに向かいました。

