『富雄会ヒストリー』 ~その1
2005年・春、
とある打ち上げに参加していた鈴木、鈴木、柳沢、井苅の4人が初対面なのに、田代の話で意気投合。
この場合の田代とは、まさし容疑者ではありません。
『とみお』です。
元・大洋ホエールズの和製大砲・”オバQ”こと田代富雄なのです。
「あの豪快なスイングが忘れられない」
「あの放物線」
「田代が藤沢にオープンしたラーメン屋は何ラーメンだっけ?」
という会話に始まり、最終的には、
「俺たちに息子が生まれたら”富雄”と名づけよう!」
「20年後、俺たちの息子が球界で出会う!」
「松坂世代ならぬ、富雄世代を作ろうじゃないか!」
と、周りにいた女子には全く食えない話で盛り上がり、
ともすれば停滞しかねない、てゆーか大体停滞する深夜2時~始発までの魔の時間帯を田代一辺倒で乗り切ったのだった。
『田代富雄で3時間』
この奇跡をスルー出来ないと判断した我々は、後日、『富雄会』を結成。
・・・が、結成したはいいが一体何をしたらいいのかさっぱり分からない。
とりあえず、生まれてくる我が息子”富雄”を少しでも田代のフェイスに近づけるべく、馬面の俺をカバーする遺伝子、すなわち片桐はいりさん的な輪郭の女性と出会うことから、俺井苅は始めることにした。
(井苅)