実力が30点なのに80点を要求してはいまいか | 母の立場の医学部受験記(浪人・再受験・現役・反抗期)

母の立場の医学部受験記(浪人・再受験・現役・反抗期)

1番目の子は大手予備校一浪で国公立。2番目の子は現役で国公立。3番目の子は反抗期の末、大手予備校→理系学部入学→休学し私立医学部専門予備校→再受験 で3人とも医学部へ進学しました。
大学入試センター試験と相性が悪いし、反抗期はすさまじいしのトホホな体験談です。

思春期・反抗期の子供との関係を書いています。

(受験生母はちょっとお休み~♪)


思春期・反抗期やひきこもりの子供に対して、どうしたいったらよいか。


私が実際に教えていただいたことを書いていきます。

(受験生母はお休み~♪ ← しつこい)


子供の中には、30点しかない実力なのに、

周囲から80点であることを期待されたり

80点であることを求められたり、

あるいは自身で無理して「80点のふり」を演じていることがあります。


もちろん、そのまま80点で頑張ることのできる子供もいます。


しかし、本当の姿の30点の自分と、80点を演じている自分、

つまり、「こうなりたい」、「こうでなければ」という自分、要求されている自分と、

見せたくはない本当の自分の30点の実態にギャップを感じ始め、

空回りしてしまったり、自信を失ってしまう子供も少なくありません。


我が家もこのタイプでした。


根本に「自信がない」ということがあるのかもしれません。


褒めて認めて育てるよりも

指摘して「もっとガンバレ」という育て方をしてしまったからと

今更ながら反省しています。


その「本音と建前」のギャップから、

外に出ることができなくなったり、反抗という形で出たり、

いらだちを暴力の形で出したり、

または親の思いとはことごとく違った「問題行動」として出してくる子もいます。



ここで親がどういう態度を取ることができるかが勝負だと言われました。


子供が30点の姿を出してきた時、親が子供のそのままを受け入れることができるか。


特に「反抗」という形で出してくる子は

親の体力や経済力などの限度をちゃんと知っていて、

そこを挑んで、親の愛情を試してきます。


そこで、親が捨て身で30点の子供の

そのままの存在と向き合うことができるか、

そこが分かれ目になるのだそうです。


思春期・反抗期の子供は、

親が発する「建前」の言葉、不用意な言動には特に敏感になっています。


「また親は建前で言ってやがる」「ごまかそうとして」

「見栄ばかりじゃないか」「大人は信用できない」

「逃げやがって」


これは何度も何度も反抗期の子供から投げつけられた言葉でした。



では、そうした時に、親としてどうすべきか。


私がカウンセリンセラーの先生からいわれたのはこのような事でした。


(カウンセラーの先生は、お互いに信頼関係がついてくると

時には切り込んでくることがあります。


私のようなタイプには、ちょっとドS的にしないと

「コイツは変わらん」と思われたのかもしれません。


また、今なら、少し切り込んでも良いと思われたのかもしれません。

はい、的を得ておりました。)




「トホホさん、あなた、自分が30点だなと感じたら

その30点の自分を受け入れることができる?」


「自己受容は他者受容に比例するんだよ。


結局は、自分が自分を愛している分でしか

相手を愛することができない。」


「トホホさん自身が、30点なのに80点でいようとすると、

子供の方が敏感に感じるもの。


あ~、お袋はまたそうやって無理して80点を演じるんだなって。


そんな母親から言われる言葉なんて、子供だって聞きたくないもの。」



私自身が実力が30点なのに、

自分にも子供にも80点を要求してはいまいか・・・


親である私自身が、本当は30点なのに80点の親であろうとしていないか。


そのために30点の子供を受け入れられないということはないか。


究極は親の私の側の「自分の本音との向き合い」が必要でした。


カウンセラーから

「ほら、トホホさん、すぐ80点になろうとして・・」と言われると


「そんなことないですっ!私は自分が30点であることを十分認めてますっ!」と

強く反発していました。


この激しく反発する姿こそ「30点を認めない母の姿」だったのです・・・(汗)


「トホホ母ちゃんが、勝ち負けじゃなくて、子供に負けてあげれば

子供はぐんと成長するんだよ。


トホホ母ちゃん、子供になんか負けていられない!って

80点を精一杯演じてるものね。


子供はそういうのを敏感に感じているよ。


子供はトホホ母ちゃんには弱音も吐けない。


だからギャップを反抗とか問題行動で出すしかなくなってるんだよ。」



こんなふうに言われても、当時の私はなかなか認めることができませんでした。


ましてや、受験という時期でしたので

まず合格してくれ~~!

そんな悠長なことを言っていられる時間はないんだ!と思っていましたし。

いまでこそ


はーい、みなさん、過保護のトホホで~す


    とか


私は30点。これでいいのだ、文句あるか


と思うことができるようにはなってきましたが。


子供の苦しみ、いらだちに心を寄せることができるようになるには、

私自身が砕かれる時間が必要でした。




子供が寝返りをうって、ハイハイし始めて、つかまり立ちして

よちよち歩き始めて・・・

それだけで十分幸せで、そのことで成長を喜んでいたのに。


いつの間にか私はそれ以上のことを要求する母親になってしまっていたのです。


「世間」という「ものさし」の元で。