ひとの人生の分水嶺(ぶんすいれい)というのは、誰でも一生のうち大小さまざまいくつかあるだろう。

雛菊のばあいこのときの思いきった行動が、その後を大きく左右したはずである。

おそらく女の人生の、もっとも大きな分かれ道だったにちがいない。

あとでなにかのおり、ふと記憶がよみがえるたびに、よくあんな大胆なことができたものだと、顔から火が出るような気持ちになる。

しかしそのときは、この機をのがせば二度とチャンスはないと必死になっていた。

しらふにもどれば警戒されて、もう二人きりになんかさせてもらえないだろう。

幸運の女神は、通りすぎてしまえば引き戻すべき後ろ髪をもっていない。

なにがなんでもこの場で、するべきことを最後までしてもらわなければならないのだ。

雛菊の思いきった行動は功を奏した。

下着をとったことで、さすがに男の自制のタガがはずれてしまった。

引き離されるかわりに、わかったわかったというように、服を脱がそうとしているらしいので、雛菊はこれさいわいと積極的に協力した。

協力というより男の気が変わっては大変と思い、自らもどかしいほどに急いで脱いだ。

かんじんなものはすでにとってしまっていたので、いまさら抵抗はなかった。

夏だからたいしたものは着ていない。

ブラがなくなって、はずむように乳房がとびだすと、開放感があって爽快だった。

すっぽんぽんになったとき

(これでしてもらえるんだわ)

奇妙に安心した。いくらなんでも、こんなかっこうの女を腹の上にのっけて、いまさらやめたという男はいないだろう。

たしかにことは雛菊の思いどおりに進行した。

しかしそのあとの具体的なことについては、雛菊の記憶にはかなりの空白部分がある。

多少酒が入っていたし、そういう行為はいちいち記憶に残らないものらしい。

いままで何度も、数えきれないほどイメージしてきたことを、現実に体験しているのだという感覚はあったが、実際にどんなことをされたのか、ほとんど思い出せなかった。

あちこち触られたりひっくり返されたりしたようだが、扱いは初心者向きだった。

啓多は、雛菊がとうぜん初めてにちがいないと思っていただろう。

上手にしてもらったおかげで始終、とくに最後のほうはむちゃくちゃによかった。

濃厚なピンク色の雲のなかで、全身をもみぬかれるような快感をなんども味わったあと、雛菊はだらりと体の力をぬいた。

しばらくその余韻に浸りたかったので、逃げられないように男の腰の上で脚を組んだ。

じっとそうしているだけで、腰骨が溶けてしまいそうにここちよかった。

ほかの動作はさっぱり記憶に乏しく、そのときの感触だけあとまでよく覚えていた。

 

明け方、カーテンを通して差し込む陽の光で目をさました。

(朝だわ)

頸の下に男の腕があり、顔の横に肩があった。

女にとってはなんとも具合のいい枕である。

きのうまでの雛菊にすれば、男の腕枕の上でお目覚めとは、全く夢のような贅沢だ。

不沈の大船に乗っているような安心感があった。

ひとしきりその感触をあじわったあとで、徐々に一日の始まりの活動力がふつふつと湧き上がってくるのを感じた。こうなると、いくら居心地よくても、もってうまれた性分が促迫してじっとしていることができなくなる。

(何時かしら)

外光の感じでは、朝はまだずいぶん早そうである。

壁の時計は死角で、見ようと思ったがいきなり動くと啓多を起こしてしまう。

しかし朝食もつくりたいし、シャワーをあびて化粧もしたい。

それよりなにより、前夜ビールを飲んだせいでつよい尿意を覚えていた。

そーっと男の腕から頭をあげ、するりとベッドをぬけ出た。

(あら)

ひとりで顔をあかくした。まったくなにも身につけていないことに気づいたのだ。

おもわずうしろを振り返ると、啓多は腕の負荷がとれたため、自然に体が楽な体勢を要求したのか反対側に寝返りを打っていた。

昨夜はへやの明かりの下でそのままはじまっている。

何だかへんてこな恰好をとらされたような気もするし、今さら隠してもしかたがない。

見られるのは恥ずかしいけれども、見てほしいような、このへんの女の心理はややこしくて、雛菊自身なんだかよくわからない。

はだかのまま用をたした。

年令的に膀胱の容量があるため、いつおわるのかと思うくらいに時間を要した。

食事や睡眠などと同じように、基本的な生理的行為はどれも気もちのよいものだ。

くわえて昨夜の行為の感覚がまだ残っているのか、いまだにそのあたりがじーんと甘くしびれているような感じである。

きのうから何時間もたっているのに、女の体はずいぶん具合よく作られているものだ。

居間のソファーの背もたれが倒されベッドになっていた。

そのまわりに啓多と自分の服がちらばっている。

啓多が適当にもってきてくれたシーツや薄い掛け布団のおかげで、即席のベッドとしてはじゅうぶんだった。じつは何年か前、ぼんやりとこういう事態になることを期待して、ベッドとしても使えるソファに買いかえておいたのだ。

背もたれをかるく前に折って後ろに倒すと、かんたんに平らになる。

しかし買ってから一度もその目的で使用したことはなかった。

昨夜、夢中になっていて気づかなかったが、啓多がどこかで操作してくれたのだろう。

啓多はまえからそれを知っていたのか、それともそのときになって気づいたのか。

ともかくソファ兼ベッドは数年の雌伏期間を経て、いちばん肝心なときにその潜在能力の役割をはたしてくれた。

いつもより念入りに化粧をするなど、身じたくをすませたあとで朝食の用意をしていると、啓多も起きだしてきてシャワーを浴びはじめた。

体調がよく胃袋が健康だと、酒をのんだ翌日の朝というのは、なぜか妙に腹がすく。

ほかの人間はどうか知らないが、雛菊自身はそうだったし、啓多もそういう傾向があることを知っていた。はたして啓多はつくった朝食をたべるといってくれた。

差しむかいで朝食をとりながら、雛菊はなるべく顔をふせていた。

どうにもこうにも、身の置きどころがないほど恥ずかしくてたまらない。

同時に、こころの底からふつふつと歓喜がこみ上げてくる。

(うふ、とうとう先生としちゃったもんね)

ほんとうに現実のことかと、わが身を疑うほどにうれしい。

しかし気づかれないようにちらちらと啓多のようすを観察したが、だまって箸をうごかすだけで、表情からはとくべつな感情の変化は読みとれなかった。

人生というのは一つ坂をこえると、また次の坂がまっているものである。

まてまて、これでぜんぶが思いどおりになるものだろうか、有頂天になるのはまだ早いんじゃないのか、と雛菊は用心深く考えた。

せっかくうまいこといったのに、押し売りにまけての一回こっきりではぜんぜん困る。

啓多にだってきのうの余韻がまだ残っているはずだから、時間をおいて冷静にならないうちに、言うべきことがあるなら早いほうがいいだろう。

しらふの朝で、昨夜のようなのぼせた勢いはない。

啓多の顔色をうかがいながらおずおずと、

「アノ、けさは、しばらくひなと一緒にいていただけませんでしょうか?」

もちろん額面どおり部屋のなかにいるだけという意味ではない。

いちど関係した男と女がひとつ部屋のなかにいれば、することは決まっている。

きのうのきょうだが、正直何度でもしたい。

せめてひざの上にのっけて、チュウくらいはしてほしい。

いや行為の内容よりも、そういうことをしたという既成事実の集積が欲しい。

啓多はちょっと箸をとめて思案顔になった。

そっけなく断られるのだろうかと、どきどきしながら返事をまった。

ほかの男と女はどうか知らないが、雛菊にとって啓多は、一回くらいで全面的にあなたの女にしてほしいと言えるような間柄ではない。

それに男のほうから動いて、かたちだけでもいいから犯されたような恰好になっているならともかく、酒を飲ませ、色仕掛けでむりやり迫っただけだということは、雛菊もじゅうぶん自覚している。

「外来はないけど、病棟をちょっとみてくる。ほかにかたずけたい仕事もあるんだ」

やっっぱりだめか、と一瞬思った。

「夕方また来るよ」

(やったー!)

夕方来るということは、今晩も泊まるということである。

ひょっとして、陽の明るいうちから女といちゃつくのも気がひけて、わざと仕事をつくったのかもしれない。もちろんそれでじゅうぶん結構だ。

夕方くるということは、あしたの朝まで一緒にいられるからもっと結構だ。

いままでとはちがって、多少ぞんざいな口調になっているのは、ふたりの関係が、あらたな局面に入ったことを意味する。

それは雛菊にとって何年もまち望んできたことだった。

雛菊のみるところ、啓多は観念したという感じである。

とうとう寄り切られてしまった、とでも思っているのだろう。

しかしさばさばとしており、後悔しているという印象はなかった。

いちど禁断の木の実を食べてしまえばもうあとへは戻れないし、終わったことをくよくよするタイプではない。

「あしたのお着替え、お部屋からとってきます」

「ん」

啓多は首をみじかくたてに振った。

男がじぶんの女にするようなうなづきかたである。まったくそれでいいのだ。

「アノ、このお部屋はひながひとりで住むにはもったいないと思うんですけど···

すっかり手応えを感じてもう一歩ふみこんだ。

このさいは多少ずうずうしくじぶんの主張を押しとおしてしまいたい。

そもそもふたりの同居生活は、何年もなんら不都合はなかったのである。

雛菊が成長して、他人どうしの男と女がおなじ部屋に住めなくなったため、啓多が出ていかざるをえなくなっただけだ。

それが解決されれば問題はないはず、今となってはとうぜん同棲してほしい。

「私の部屋はひきはらうから、手伝ってよ」

啓多のでかたはあっさりしたものだった。

「はい!」

とんとん拍子とはこのこと、雛菊は天にも昇るような気持ちになった。

(あんな殺風景なところはさっさと出てもらわないと)

きょう中にでもあらかた部屋の始末をつけて、啓多が帰れなくしてしまおうと思った。

手伝うもなにも、機動力のたかい雛菊が本気になれば、引っ越しくらいあっというまの早業でやってしまうことができる。

どうせ部屋には、身のまわりの物のほか、生活に必要な最低限の家電などしかない。

「なるべくはやく帰ってきてくださるとうれしいです」

啓多は湯飲みをかたむけて食後のお茶を飲んでおり、それを理由にするかのように返事をしなかった。

急患が入ったり、病棟で患者が急変することもあるだろう。

雛菊も確約のとれる返事を期待したわけではない。

しかし知らんぷりをして、あんがい希望にそってくれることを経験的に知っていた。

 

雛菊は啓多を送りだしたあとで、さっそくジーンズにスニーカーなど、働きやすいかっこうで外出準備をはじめた。

まっすぐ啓多の部屋へいって、引っ越しの手はずを進めるつもりである。

冷蔵庫や洗濯機など、不要なものはリサイクルにもちこむか、粗大ゴミに出す。

金まわりは潤沢だから予約がどうとかなど言わせず、札びらを叩いて便利屋など、小回りのきく業者を即刻動員させようと思った。

(そうだ、荷物をかたづけたあとで髪をセットしに行こう)

頭のなかの計画はめまぐるしくうごいた。

啓多の口からじかに聞いたわけではないが、啓多は菊がときどきしていた、ちょっとだけお水風のアップの髪型が好きだったように思われる。

タンスのなかに、母親が残したエロ系の下着がいくつかあったことを思いだした。

(うふ、うんとセクシーにして、いっぱいかわいがってもらっちゃお)

多くの男たちに物欲しそうな目で見られているという自覚がある。

啓多だってその衝動を懸念したから別居したのだろう。

しかし同時に啓多の心のなかにいる女には、しょせん敵わないとも思っていた。

死に別れた女は生きている男にとって、いつまでも年をとらない偶像的存在だろう。

自らの年令を重ねるにつれて、さらに美化されるにちがいない。

すでに啓多は女が生きた年令をいくつか超えている。

それでも雛菊の救いは、その恋がたきがまさにじぶんの母親だということである。

このさいはとりあえず啓多に、どうせ菊は帰ってこないし、代わりとして菊の娘でもしかたがない、程度に思ってもらえればじゅうぶんだ。

啓多はいつまでも過去を引きずるタイプではない。むしろその正反対だ。

どうせ三界に啓多の面倒を見られる人間は、自分をおいてほかにはいない。

ちいさなくせも一つひとつぜんぶ知っている。

あせらなくても、毎日の生活のなかで少しずつ自分の存在を大きくしていけばよい。 

雛菊の人生はまだはじまったばかりで、時間はじゃぶじゃぶとたっぷりある。

 

雛菊が啓多とすごした日の翌日、朝の出勤時にここもは、病院の職員用出入り口の手前で雛菊とであった。

「おはようございます!」

雛菊、はつらつと満面の笑みである。

「あ、おっはよー」

(そっか、今日がひなはんの夏休み最後の日やったな)

あしたからしばらくは医学部のほうがいそがしくなるのだろう。

(ははん、啓多はんとのことはうまいこといったんやな)

ふられた女が朝からこんなに意気揚々としているわけがない。

おまけに肩にかかっていた髪型が、うなじをだしたアップにかわっている。

あっというまに一皮むけたという感じだ。

じつはその日のあさ、雛菊はここもが想像した以上の幸便(こうびん)をつかんでいた。

啓多といっしょに朝食をとっていたとき、どういう風の吹きまわしか啓多が、

「来週末、熱海へいこう」

と言いだしたのだ。

「土曜の夕方はやめに電車でいって、一泊して日曜の昼までに帰ってくれば、私は午後から仕事にでられる」

ほかの人間の感覚ではまったくしょぼくて、せわしない旅行計画かもしれないが、雛菊にとっては望外も望外、じゅうぶんすぎるくらいの仕合わせだ。

温泉には菊の生存時に連れて行ってもらったし、中学や高校の修学旅行でもいった。

そのときの記憶と想像をつなぎあわせ、蒸し風呂つきの大浴場にはいって、豪華な食事をして、男の腕枕で眠るというたのしい構図が一瞬で頭をよぎった。

「適当なホテル予約しておいてよ。畳敷きの和室がいいな」

「はい!」

そういうわけで雛菊は朝から、鼻歌まじりにスキップをふみそうな上機嫌だったのだ。

 

いっぽうここもはリアルタイムよりワンテンポ遅れ、ロッカー室で術衣に着替え中に

メールが届いていたことに気づいた。

あさ出あった直後に雛菊から打たれたものだ。

「来週末温泉旅行に行く予定です。先生のおかげです。ありがとうございました」

(若いひとはええなあ)

ほんとうはここもだってまだじゅうぶん色つきで、老けこむような年ではない。

童顔でぴちぴちした感じだから、地のままでもかるく十歳は若く見えるし、道を歩けばいまでも男たちがふり返ってくれる。

しかしここもは、好いた惚れたはもう自分の人生にはないと思っていた。

若い者はうらやましいとは思うが、いまの境遇に不満があるわけではない。

子どもも三人もいて、なんと長男は雛菊と一つ違いで、来春は医学部受験である。

三人もいると、一人くらいミュージシャンになりたいなどと、危なっかしいことを言いだしたり、勉強ぎらいで医学部などおとといおいでというのがいそうなものだ。

しかしここもの息子たちは、三人ともいずれ劣らぬできのよさで、小さいときからまよわず医学部志望である。

代々医者の家系だから、自分たちも医者になるのが当然だと思いこんでいるらしい。こういうばあいの思いこみは親にとって不都合ではない。

よく高価な装飾品などを自慢げに身につけている人間がいるが、物などいくら高くて

もしょせんモノである。人がつくる人の世に、人にまさるものはない。

聞かれないかぎりみずから言いふらしたりはしないが、息子たちはなにをおいてもここもの自慢の種だ。これら大切な家族を引き替えにしてまでも、というようなロマンスがやってくるわけがないし望んでもいない。

(これで啓多はんも年貢をおさめることになるんやろか)

かつては自分をすてた男だが、いまさらわかだまりはもっていない。

ここもの心の中だけで、だれにもナイショだが、男としていまでも好きである。

ひたすら医療の道だけを突っ走り、自信に満ちているが道に対して真摯で謙虚だ。

それは夫の啓矢にも共通の性向だが、ここもの竹を割ったような性格に、そういうわきには目もくれない単純明快な男たちの生きざまがぴったりくる。

ながいこと啓多が独りでいることを好もしく思っていた。

本当はいつまでもそのままでいて欲しかった。

だから雛菊が啓多をつかまえたとすれば、後押しをしたにもかかわらず、嫉妬というほどではないがちょっとだけ複雑な思いがした。              (了)

 

封印された語、なんだかわかりましたか?