江戸時代の配達と言えば飛脚が有名でしょう。




この飛脚は色々あって、幕府専用、大名専用、庶民専用に別れていました。


幕府専用は基本的に速達になっており、大名行列ですら足を止めて道を譲るようになっていました。




庶民用飛脚も江戸市内と江戸市外では飛脚自体が別になっており、もちろん料金も異なります。


当時は番地なんてものがなかったのですが、この江戸市内配達の飛脚はどこの長屋くらいまでかは特定して、その長屋に住む人達に聞いて、最終目的地を特定していました。


今なら〇〇マンションだけで相手の家に届けてくれるような感じかな。




江戸市外になると、実に多様になります。


例えば江戸との物流が多い大阪や京都でも毎日配達していたわけではありません。


その為、通常便だといつ出発して、いつ到着するかは不明です。


更には一番安いと配達した保証もないので、紛失やら雨に濡れて破損しても保証なしでした。



実はこの時代から日付指定というサービスがありました。


ヤマト運輸が初めて実施したサービスと思われがちですが、実は江戸時代にあったわけです。


とはいえ、内容は10日以内に配達するとかで、日付指定というよりは配達期限指定というべきかな?



これも距離と期間によって異なり、10日以内なら倍になるくらいです。


めちゃんこ高いですね。



それでも最速達とか諸々のフルサービスを入れると、手紙一つで普通の郵便の50倍くらいにまで跳ね上がったそうです。

(江戸時代の時期により異なります)


これ庶民のサービスではないでしょ。




とはいえ配達期間指定は結構重要で、例えば東海道を通るなら静岡県で大きな川を渡ります。


梅雨時になると、渡し船が止まったりして、一月かかったりします。


なので、期間指定しておくと、あらかじめ中山道で配達したりするわけです。



また、北陸や東北宛の冬だと雪で時間を要します。


これもまた一月かかったりするので、時期と行き先によって、サービスを利用することが必要になるわけです。




この庶民向けサービスには裏メニューがあったそうです。


まぁ速達系を使うのは基本商人で、商人の中には更に早く!というニーズがあったんですね。


で、通常はメニューに出していなくてどうしてもお願いと言われたときに配達するものでした。


その料金はぼったくり価格でしたが、速さは幕府専用にも劣らないほどでした。


通常は馬にのるけど歩いてのんびり移動していたのに対して、これになると飛脚一人が5~6km走って交代というリレー方式でした。


しかも今みたいに道路整備されていないのに、日没後も走ったそうですから、そりゃ速いよね高いよねってことです。


しかも有名な箱根越え担当の飛脚は、え、本当に江戸時代の人?と思うくらいのムキムキだったとか。




佐川急便は今も飛脚をサービス名に使っていますが、飛脚は荷物を運びません。


信書のみとなり、現代では日本郵便しか運べないので、飛脚は日本郵便にのみ当てはまります。


じゃあ当時の引っ越しはどうしていたかというと、庶民は荷物多くないので、大八車という荷台を借りたりして自力で運んでいました。


長屋に住む人は家具や布団等はレンタルでしたので、背負える量しかなかったようです。



参勤交代とかでは引っ越し並みの大荷物でしたが、そこは自前の兵隊達が運んでいたので、現代の佐川急便のような企業はなかったと思われます。