■ キャッシュレスの普及率は韓国8割、日本2割 

 

経済産業省は今年4月、大阪万博が開催される2025年までに「キャッシュレス決済の比率を40%まで引き上げる」ことを柱とした「キャッシュレス・ビジョン(pdf資料)」なるものを発表した。

 

2015年時点で、日本におけるキャッシュレス決済(現金以外の電子的手法による決済)比率は18.4%とされている(下図参照)。アジアを中心に先進国の中では大きく後れを取っているのが現状だ。

 

 

背景には、海外ほど現金保持に関するリスクが低い(盗難が少ない、どこでもATMがあって引き出せる、銀行は公的資金注入で守られてるからよほどのことが無い限り潰れない…etc.)ことに加え、現金のやり取りを前提とした商慣習が成立していることから、POSや自動販売機などといったインフラもそれに最適化されて発展してきたことが挙げられる。

 

また、クレジットカード等電子決済用の端末の導入にはコストがかかる上、加盟店(利用できるお店)には手数料も発生することから経営を圧迫する要因になりかねないという懸念もある。こうした事情から、海外ほど日本では普及が進展していないことが伺える。

 

 

■ 国レベルが無理なら身の回りからやってみた 

 

思えば自分の財布もいつもいくらかの現金が入っている。しかしよく考えれば、交通系ICカード(Suica、PASMO)を使いようになり電車の切符なんてここ数年買ってないし、ネットショッピングや各種固定費の支払いはクレジットカードやデビットカードに纏めているから、実は現金なんて持たなくても何とかなるんじゃないか?

 

そう思うようになり、この夏に新居に引っ越したことをきっかけに「身の回りのキャッシュレス化」を進めることにした。

そのためにやったこと、また使い始めたものを紹介する。

 

1.モバイルSuicaの導入

 

転居を機に、自分の通勤ルートは

 

上図のように自宅のある南橋本から職場のある新宿までとなった。(この2駅間を行き来するルートは他にもいくつかあるが、橋本駅は京王相模原線の終点で始発電車に乗車できるためこのルートを選択した)。

この場合、購入できる通勤定期は

 

「新宿→南橋本」(京王電鉄発行)

「南橋本→新宿」(JR東日本発行)

 

のいずれかとなる。別にどっちを選ぼうと値段に変わりはないのだが、ここではJR東日本から購入できる「南橋本始まり」を購入した。

 

その理由は、「モバイルSuicaが使える」から。

新宿始まりで京王で購入すると定期券は「PASMO」で持つことが出来るが、モバイルSuicaのPASMO版は現状無い。とはいえSuicaやPASMOといった交通系ICカード自体がすでにキャッシュレスの支払い手段として一定のシェアを獲得している現状で、なぜわざわざモバイルSuicaに拘るのか。その理由は主に3つある。

 

[1]クレジットカードでチャージが出来る

 

ICカードのチャージは原則駅の券売機で行わなければならない。その点、モバイルSuicaなら好きな時にアプリを立ち上げてチャージできるので、出場直前に残高不足に気づいても精算機に並ぶことなく直ぐに対応できる(慣れれば10秒ほどでチャージ完了する)。さらにクレジット利用分としてポイントがついたり、年会費支払い免除の要件にカウントされたりするので経済的メリットもある(後述)。

 

[2]かなりの店舗で決済できる

 

改札の通過はもちろん、普段の買い物でも多くの店でSuica、PASMOに対応しており、困るケースはほとんどない。

 

[3]財布が薄くできる

 

たかが1枚、されど1枚。元々Air Walletという薄い財布を使っていたので、カードは1枚でも少ないに越したことはない。

 

このような理由で、モバイルSuicaが使えるようにあえて「南橋本始まり」を選択した。

 

(図)モバイルSuicaの実際のアプリ画面。アプリからのチャージのほか、定期券更新やグリーン券購入など幅広く対応している。

 

但し、1点だけ残念だったのが当時使用していたスマートフォン「OnePlus 5」ではモバイルSuicaが使えなかったため乗り換える必要があったこと。

対応端末の中で、未使用品が割安に購入できスペックも必要十分レベルの「docomo ARROWS F-04K」をチョイスし購入。「割れにくいスマホ」と言われているだけあって、既に何回か落としているが全くびくともしない。頼れる相棒。

 

2.デビットカード+クレジットカードの組み合わせ

 

ここまでで日常生活の大部分をキャッシュレスにできたが、スーパーでの買い物など交通系ICに対応していないシーンはまだ多い。それでもほとんどがクレジット決済できるので良いのだが、クレジットの落とし穴は「請求が遅れてくるところ」である。もちろん履歴は確認できるのだが、自分の想定以上に請求が積み上がり冷や汗をかいたことは少なくない。

そのため、リアルタイムで口座から引き落とされるデビットカードが安全で便利なのだが、クレジットカードの中には利用額に対するキャッシュバックが設定されているものもあり、そのメリットも捨てがたい。

 

と思案を巡らせていると、最近では「デビットカードやクレジットカード、銀行口座を紐づけて利用できるクレジットカード」が存在するとのこと。これなら口座残高を見ればおおよそのコスト感が掴めるし、なおかつポイントも付けられそう。

今回、キャッシュレス計画にあたり自分が試してみたのが以下の2つのカード。

 

[1] LINE Payカード

LINEは既に「LINE Pay」というモバイル決済プラットフォームを展開しており、それをリアル店舗やネットショッピングでも使えるようにしたのがプリペイド式の「LINE Payカード」である。ブランドはJCB。

 

<利点>

・コンビニでカードが手に入る

・LINE自体の認証が済んでいれば利用手続きはスムーズ

 

<欠点>

・ポイントプログラムが複雑

→サービス開始当初は「利用額に対し一律2%キャッシュバック」となっており、自分も月に10万ほどの決済を纏めていたので約2,000円程の還元を受けていたのだが、2018年6月より「相対利用額を基にしたランク付けにより最大2%」に変更、これが不透明という批判があり8月には明確な基準を設ける方式に変更したが、以前と同じ2%の還元を受けるためには「10万円以上の利用+5人以上へのLINE Payを使った送金」が必要となり、現状人に送金する用途の無い自分のような人間にはハードルが高すぎる(LINE Payの残高は払い出しが出来るが手数料が必要)。

・あくまで「プリペイド」のため、事前にチャージしておくことが必要

→これが結構面倒。レジで残額不足に気づくといちいちチャージしなければいけない。また払い出しには手数料がかかるのでなるべくチャージに端数は生みたくないが、チャージは100円以上となっているため細かな調整がやりづらい。

 

[2] Kyash

 

 

こちらも既にある「Kyash」(キャッシュ)というネット決済専用のバーチャルカードのリアルカード版。2018年6月に申し込みが開始のアナウンスがされたが、それと同時に「一律2%キャッシュバック」を打ち出し大きな話題となった。丁度2週前にLINE Payが「一律2%」の終了を発表したタイミングであり、それを意識したものという推測もあったがあくまで2%還元は「恒久的な施策として行う」とのこと。

 

申込すると写真のようなプラスチック製のカードが届く。ブランドはVISA。

 

<利点>

・デビットカードを紐づけられ、決済の瞬間にリアルタイムで引き落とされる

→LINE Payとの大きな違い。クレジットカードやデビットカードを紐づけておくことで、予めチャージすることなく買い物などに利用できる。カードが切られた瞬間、Kyashから登録のクレジットカードへ請求が飛び、購入金額と同額がクレジットカードからKyashにチャージされ、その金額を以てKyashから決済されるという仕組み。これが瞬時に行われるため、クレジットカードの使い勝手とデビットカードの安全性を両方享受できるというわけだ。

もちろん、銀行振り込みやコンビニでのチャージにも対応している。

・VISAブランドなので対応範囲が広い

 

<欠点>

・利用限度額が低い

→Kyashによる決済では、1日3万円まで、月12万円までという制限がある。これが結構ネックで少し大きな買い物をしようものならたちまち引っかかってしまう。この点、LINE Payは無制限にチャージ&利用が出来るので天井を気にする心配がない。

 

結論から言うと、今はKyashに自分のメインバンクである三井住友銀行の「SMBCデビット」を紐づけ、支払いを纏めている。SMBCデビットを介することで、利用額の0.25%のキャッシュバックが受けられるのも利点。

但し限度額が低いので大きな買い物の場合用にLINE Payカードもサブで保持している。

ちなみにモバイルSuicaへのチャージにKyashのリアルカードを紐づけることも可能だが、この場合6,000円以上のチャージ及び購入でないとキャッシュバックの対象にならないので注意(最近まで知らなかった自分、涙目)。

 

 

■ 果たして実生活でどこまでキャッシュレスに出来るのか 

 

これで生活シーンのほぼすべてで現金を持たずに生活できそうな体制は整った。

では一体どこまでカバーできるのか、生活シーンに即して考えてみた。

 

1.電車移動

 

 

いかに南橋本という田舎地方の駅であっても、流石に自動改札はあるしICカードにも対応している(相模線の一部には簡易読み取り機しかない無人駅もある)。唯一の懸念は「Suicaエリアを飛び出してICカード非対応の駅に行くとき」(例:JR御殿場線など)だが、事前に切符をクレジットで買えばよく、今ではほとんどの駅で多機能券売機(黒い券売機)が設置されているので困ることはないだろう。

 

2.買い物

 

 

物品販売を行う店のほとんどはクレジット決済に対応している。また、特に鉄道駅の中や直結している商業施設では交通系ICカードでの支払いも可能なので、本を買う時なども問題ない。

 

3.飲み会

 

 

ここから少しずつ対応非対応の差が出てくる。

 

まずチェーン店であればほぼ問題なく対応している印象。実入りが大きければコストを利益で吸収できるという関係もあるだろう。

また、最近になって行きつけの焼き鳥屋にクレジット対応のステッカーが掲出されているのを発見した。最近では小規模店舗向けにiPad等で動かせるPOSシステムが開発され、低コストでの導入・運用が可能になっている。

 

※ちなみに件の焼き鳥屋が導入していたのはリクルートの「Airレジ」の模様。

 

一方で、低単価を売りとしているお店や、個人経営でも比較的経営者がベテランの域に達しているお店だと、コスト面や心理的ハードル、また仕入れの関係で即時に着金が必要などの理由で導入が進んでいない様子。

 

また、飲み会でも個人間のやり取りが発生する場合、キャッシュレスだとお互いに同じプラットフォームでやり取りをしなければいけないためやはり現金の融通は幅を利かせることになる。

 

4.スポーツ観戦

 

 

チケット購入、また球場内のグッズ売り場ではクレジットカードがほぼ問題なく使える。またコンコース内の売店でも最近では交通系ICカードや非接触型の決済(iD、楽天Edyなど)に対応しているケースもあり、利便は高まっている。

 

ただ、仕組み上難しいのが「ビールの売り子」。プロ野球の東北楽天では2014年から売り子からの購入にEdy決済を導入しているが、元々大荷物なうえにさらに決済用の端末を持たせるとなると全ての事業者にとって必ずしも現実的ではなかった。

 

そんな中、その楽天がこの夏に導入したのが「楽天ペイによるドリンク購入」。

 

(出典)楽天株式会社/プレスリリース「楽天のスマホアプリ決済サービス「楽天ペイ(アプリ決済)」、国内で初めて野球スタジアム観客席での売り子販売で利用可能に」

 

楽天ペイは「QRコード型決済手段」の一つで、利用者は自身の携帯端末で売り子の持っているQRコードを読み取り決済する仕組み。基本的に販売する品目が限られており準備するコードが少なくて済むという特性に加え、売り子はコードが印刷された紙さえ持っていればいいので負担も少ない。

 

通路が狭いなどの理由で、バケツリレーよろしく人づてにやり取りしなければいけない時など課題はあるが、お釣りの準備などのオペレーションコストの削減にも一役買いそうな取り組みである。

 

5.ライブ会場

 

 

個人的にはここが最大の障壁だと感じた。

大手のアーティストはまだしも、中小のバンド・アイドルグループとなるとかなりハードルが高い。

 

まず観覧チケットは一部プレイガイドを通じて販売されるパターンを除きほとんどが現地での支払い。Webでのプラットフォームもその多くが後払い(現地での現金払い)となっている。また、ライブハウスでは入場時にドリンク代を請求されることがほとんどだが、これも多くは現金払い(最近500→600円に値上げするライブハウスも多く、小銭の用意など双方にとって負担が増えている)。

 

さらに難しいのが「特典会」である。

ここまでくると運営スタッフやメンバーの手弁当というパターンがほとんどで、流石に個別に対応を求めていくのは厳しいものがある。

中小のライブシーンの多くは薄利多売のビジネスモデルである。先ほどの小規模向け決済システムの導入にも、端末(親機となるiPadなど)代金の負担は事業者自らが行わなければならないし、そもそも「受付」という概念が曖昧なため固定してレジの場所を決めること自体が困難だったりする。

 

現金管理のリスクは確かに大きいし、決済手段が増えるに越したことはないが、混雑する中でいちいちクレジットカードにサインを求められるか?という現実的な問題もある。少なくとも現状では、この世界に関してはお札のやり取りが一番スムーズという結論になるだろう。

 

■ 最後に 

 

 

今回、国レベルでの普及がいまひとつという点から自分の身の回りでのキャッシュレス化に挑戦したが、一人で生活する分にはかなりの部分で実現できそうと思った一方で、割り勘や特典会など相手の状況・プラットフォームに依拠しなければいけない場合はまだまだ厳しいという印象だった(だったらヲタクやめりゃいいじゃねーか、というツッコミは無しで)。

 

キャッシュレス決済においては、通貨の行き来に第三者が介在することで資金洗浄などのダークな取引を阻止できる利点もある。将来的には、「現金取引」=「第三者を介せない後ろめたい何か」というレベルにまでなっていくのかもしれない。

 

とはいえ、長年の商慣習をひっくり返すにはかなりの労力が必要。アジア各国では国を挙げてインフラを整備したり、クレカの利用分を課税対象から控除するなどの取り組みが奏功している。本当にキャッシュレスの比率を高めたいと考えるなら、日本でも事業者・利用者双方に大きなインセンティブを設けるなど、抜本的な施策を講じる必要があるかもしれない。