期待しちゃうのはやめられない。

 

期待して苦しい時の対処法。

 

 

 

 

 

静岡県の漁村に暮らす

心屋認定講師

いがぐりこ、こと、栗林あやです。

 

 

 

 

 

「期待するのをやめよう」っていうけど、

 

 

わたしは「期待してしまう」のって、

 

仕方のないことだと思う。

 

 

やめられないことだと思う。

 

 

 

 

だって、人間だもの。

 

期待しちゃうもの。

 

生きていたら、期待しちゃうもの。

 

 

 

 

 

たとえば、

 

初めて行く素敵なレストランで

 

大好きなデザートを頼んだら、

 

 

「きっと、美味しいだろうな。おいしいといいなぁ♡」って

 

期待しちゃうもん。

 

 

 

 

どこかに旅行に行くと決めたら、

 

 

「きっと、楽しくて素敵なことが起こるんだろうなぁ。」って

 

期待しちゃうもん。

 

 

 

 

 

期待するのは、やめられない。

 

だって、人間だもの。

 

期待しちゃうもの。

 

生きていたら、期待しちゃうもの。

 

 

 

 

 

わたしは、

 

期待しちゃうこと自体は、

 

とくに問題じゃないと思っている。

 

 

 

 

 

じゃあ、期待しちゃうことの

 

何が問題かと言ったら。

 

 

 

期待しちゃって、苦しいときが問題。

 

 

 

 

 

 

「期待しちゃうこと」が、

 

大好きなおいしいデザートとか

 

旅行先での楽しいイベントだったら、

 

苦しくない。

 

 

 

 

きっと、いつか手に入ることがわかっているから。

 

 

 

 

きっと今回おいしいデザートが出てくるだろうし、

 

もし今回、デザートがいまいちだったとしも、

 

またきっと他の場所で

 

おいしいデザート食べれるだろうから。

 

 

 

だから、今回のデザートが

 

期待通りにおいしかったら

 

もちろん嬉しいし、

 

万一、イマイチだったとしても、

 

まーしゃーないよね。今度リベンジしよ。って思える。

 

 

 

 

こんなときは、

 

期待しちゃっても、苦しくない。

 

 

 

期待通りでも、期待通りじゃなくても

 

どっちでも、しあわせということがわかっているから。

 

 

 

 

 

つまり、

 

期待したとしても、

 

どっちの結果も受け入れているときは苦しくない。

 

 

 

 

 

なのに、

 

「こうなってほしい」って期待して、苦しいとき もある。

 

 

 

 

 

それは、

 

初めはささやかな淡い期待だったのが、

 

 

「どうしても、それが欲しい」

 

「それが無いとだめだ」

 

「それが手に入らないと幸せになれない」

 

 

って方向に

 

どんどん意識が向いちゃっているとき。

 

 

つまり、

 

期待通りの結果の方しか、受け入れてない時。

 

 

 

 

 

「こうなってほしい」って期待しすぎて、苦しいとき は

 

 

「今の自分は、そうじゃない。」

 

「今の自分は、それが手に入ってない。」

 

「それが無いから、幸せになれないんだ。」

 

 

って 

 

自分に無いものに、目がいっている。

 

 

 

 

 

 

期待しちゃって、苦しいときは

 

自分に無いものに目がいっちゃって苦しいとき。

 

 

 

 

だから、

 

 

自分に無いものに目がいっちゃって苦しいときと

 

同じ対処法で、楽になれる。

 

 

 

 

つまりは、

 

「あるものに目を向けること」。

 

 

 

 

 

それが、期待通りのものであっても、

 

期待通りのものじゃなくても、

 

いま、差し出されている「ある」ものに目を向けること。

 

 

 

 

あなたに、いま、差し出されているもの、ない???

 

 

期待通りじゃないからって、

 

受取拒否しているものない???

 

 

 

 

それを受け取ると、楽になるよ。

 

 

 

 

あなたが、いま、受け取り拒否しているもの。

 

探してみてね。

 

 

 

 

 

ぐりちゃん的に、

 

「期待するのをやめよう」って方向で解決しようとするのは

 

なかなか難しいと思う。

 

 

 

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人間だもの。

 

だって、期待しちゃうもの。