やってみてわかったこと。



たとえ世間で


「魅力的なこと」 

「素晴らしいこと」

「ソレが有ることが良いとされていること」

だったとしても、


自分の心が

どんなふうに動くかは、

実際にやってみないと、わからない。
 



やってみて、わかったこと。



あるモノを手に入れて、

あるコトをして、


それなりに楽しかったけれど、

やっぱりそれは

「それなり」だった。



私には、

世間で言われているほど

たいして魅力を感じなかった。




でも、それは

「世間一般では価値のあるモノ」だった。




違和感を覚えるたびに

何度も何度も、


「ほんとうにわたしは、それがすき??

それをしたい???」


そう、自分に確認して、


「やっぱり違う………」と、 

どこかでわかっていて、



何度も手放そうとするのだけど、


世間一般の価値に惑わされて


広げかけた手のひらを

また握りしめて

必死に捕まろうとしていた。


強烈に執着していた。



でも、

それを握りしめ続けたところで、


やっぱりそれは

「それなり」なんだ。
 


それを握りしめている、わたしも

「それなり」。




他人が素晴らしいと言っているものに、

無理して価値を感じようとしなくてもいいし、


他人が楽しいと言っていることを、

楽しいと思えなくてもいい。




そして、それと同じように、
 

他人にとって、

全く価値のない無駄なものに、


わたしは、

時間も、エネルギーも、お金も、愛情も、

使っていい。
  




当たり前のことだけど、

『やってみて、自分の心がどう動いたか』


この感覚を

だいじにしようと思う。
  



ここしばらく、ブレブレだった。



自分の感覚を信じられなくて、

たいして欲しくもないモノに

必死にしがみつこうとしていた。




もう、いらないよね。


そんなことを

思ったのでした。