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短編小説  Wonderful One Wonder 7

子供の頃に飼っていた犬は、歳をとり、癌で死んだ。

缶コーヒーを飲みながら休憩していると、そのことを考え始めていた。

子供の頃親が勝手に連れてきたその柴犬は気付くと私の宝物になっていた。

ものでもないしな、と自嘲気味になる。

最初、その犬が恐くて大嫌いだった。

私はその犬から逃げるために家中を駆け回った。

でも、どこに行ってもついてくる。

何か月か経つと、犬とはもう友達になっていた。

いつのまにか私はその犬をイヌーと名付けていた。

くだらない名前だと今では思うが、それは奇をてらいたかった訳でも、自己主張したかった訳でもなく、名前として意識してつけたわけでもなく、自然とついた愛称だった。

イヌーは最初あちこちにオシッコをして、私をげんなりさせていた。

何回も何回もダメっと言って、ここでするのっと、言った。

いつの間にかそこでする様になった。

教えればできるんじゃないと思った。

でもときどき、それは決まって失敗する時があった。

それは私達がお出かけしている時だった。

私はその時怒った。酷く。

今ではそれが愛おしく思えてならなくなっている。

休憩を終え、事務の仕事に戻った。

仕事が終わると電話があった。

「もしもし?どうだった?」と私は言った。

「あー、駅で待ち合せよう。終わった?」夫は言う。

「うん」

「そしたら、今から家出るから」

「分かった。じゃあ、後でね」と言い電話を切った。

その時しぐれそうになるのをグッと堪(こら)える。

犬は酷く苦しんで、痙攣し、吐瀉し、死んでしまった。

何か出来る事は無いのか?神様、宇宙の何処かの誰か、お星さま、幽霊でもなんでも助けてと願った。

漫画でみた、未来の人が薬を持ってきてくれるという可能性も信じていた。

あの頃丁度、ニュースで一寸だけ空間移動が出来たというニュースが流れていたし、反重力装置がどうたらとか、父が言っていたから、もしかしたら来るんじゃないかって。

イヌーが死んで暫く、ずっと、もしかしたらそれは今も引きずっているのかもしれないのだけれど、ずっと誰かが明日には死んでしまうのではないかと怯えている。

例えば私の好きなロックスターや、俳優、コメンテイター、政治家、イラストレイター、噺家、力士、野球選手、サッカー選手、漫画家、友達、家族。

他にもたくさん。

色んな人が明日には、と怯えている。

父はどうしてるかなと思いだした。

拾ってきた犬の事も思いだした。

 



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