こんにちは かぼちゃんですニコニコ

 

先日は、沢山の方にブログを読んでくださりありがとうございますドキドキ

嬉しいばかりですラブラブ

 

今までのブログ記事で何か質問ありましたら、いつでもお応えしますのでお気軽にご連絡ください。ウインク

 

特に、癲癇(てんかん)持ちのお子さんを持つ、親御さん・幼稚園などの先生方へ参考になるように、いつも書いてます。

なので、対応など困る事などありましたら、ご連絡ください。ラブラブお応え出来る範囲でお応えします。

 

先日は、私の幼稚園時代のお話でした。

いや~記憶にないものですねあせる

母から聞いてやっと「そういう事か、、、、。」っと気づかされました。

 

今日は、小学校時代のお話をしたいと思います。

 

突然ですが、皆さんは「小学校時代楽しっかった思い出などは何ですか?」

 

ふとこの質問をしても、すぐに楽しかった思い出などが出てくる方は、普通の方でも少ないと思います。

 

癲癇(てんかん)を持っている、私にとって学生時代(小学校・中学校)は暗黒時代です。

と言うのも、楽しかった思い出など一切無かったからです。

 

何故か?それは虐めの序章にすぎなかったからです。

 

思い出したくもない時代ですが、少しでも勇気付けたりしたいので、赤裸々に書きます。

※同情などのコメントはいりません

 

私の卒業した小学校は、東京の郊外。全ての学年が1クラス30人前後いるかどうかの学校。

 

私が卒業した時の人数が24人、入学当初は26人。出入りが激しかったのです。

 

転勤族が多かったのか、虐めが原因で転校したのかは、謎ですが、、、、

人数が少ない為、他の学年に兄弟・姉妹がどの学年にいるか分かってしまいます、、、、。

なので、虐めの標的になりえません。

 

さて、小学校時代の虐めの内容ですが、、、。

 

「何で病気があるのに、普通クラスなの?特別学級じゃないの?」

「何で病気持ちのお前にこんな事言われなきゃいけないの?黙ってくれない?」

「ねぇ。〇んでくれない?目障り」

などの心無い言葉の数々。

 

言った本人は、大きくなってから「こんな事言った?冗談で言ったんじゃないの?」っと言う友達もいました。

冗談で言ったとしても、言われた側は覚えているし、小学生だった私は「私はこの世に必要ない人間なんだ」と純粋に思い、何度も

「どうやったら皆に迷惑かけずに〇ねるのか」と頭をよぎった事でしょう、、、、。こればかりは数えられません。

大人になった今でも、思う時があります。

 

心無い言葉の数々。詳しくは次回のブログで詳しくお話します。

 

最後まで読んで下さりありがとうございました。

 

また、次のブログでお会いしましょう。パー