夢を思い出すエレベーター


──まさか、まだあのビルに入れるとは思わなかった。

十年以上も前に閉鎖されたはずの、駅近くの古い研究センター。

今は立ち入り禁止のロープが貼られ、街の再開発からも取り残されたまま、ずっと誰にも見向きもされていなかった場所だ。

でも今日、偶然その前を通りかかったとき、俺の足は自然と止まった。
……なぜか、灯りがついていたからだ。



ビルの中の薄暗いフロアに、ひとつだけぼんやりと光るオレンジ色の照明。

誰かいるのか?と思ったけど、誰の気配もしない。

それどころか、あの頃の空気のまま、時間だけが止まっているような気さえした。

小学生のころ、毎年ここで開かれていた“宇宙の日”イベントが楽しみだった。

宇宙服に腕を通して写真を撮ったり、ロケットの模型に乗ったり。
あの日は確か、科学館の係員に向かってこう言ったんだ。
 

「俺、大きくなったら宇宙に行くんだ!」
 

本気だった。
本気で、宇宙飛行士になるって信じてた。



 

でも──現実はそんなに甘くなかった。

進路、就職、生活。

どこかで、「そんな夢じゃ食っていけない」とか「安定が大事だ」とか、
そういう言葉が染み込んで、気づけば“宇宙”なんて単語、何年も口にしていなかった。
 

……そんな俺が、どうして今日、ここに足を踏み入れてしまったんだろう。
 

ビルの中は埃っぽくて、蛍光灯の明かりはちらついていた。

でも、なぜか奥へ進むほどに空気が澄んでいく感じがした。

そして、最上階に着いたときだった。
ぽつんと一基だけ残された古いエレベーター。
そのパネルに、見覚えのないボタンがひとつ──

 

『宇宙行き』

 

冗談だろ、と思った。


でも、指先は自然とそのボタンに触れていた。
 

「……行けるなら、行ってみるか」

軽い気持ちだった。

エレベーターが動いたときも、最初はただのフロア移動だと思っていた。
でも、違った。
 

次第に振動が消え、音が消え、
気づけば、上下の感覚すらなくなっていた。
 

ふと横を見ると、ガラス張りの窓がある。
そしてそこに映っていたのは、真っ暗な宇宙空間にぽつんと浮かぶ──

 

地球だった。



 

青く、美しく、どこか懐かしくて、
俺は思わず目を擦った。
 

でも何度擦っても、そこにあるのはまぎれもない地球で、
ああ、本当に俺は、空を超えてここまで来たんだ……と。
 

涙が出た。

気づいたら、ぽろぽろと。

驚きなんてなかった。
怖さも、疑いも。
 

ただ一つ、心の奥からこぼれ出た言葉があった。
 

「そうだ、俺、宇宙が見たかったんだ」
 

あの頃、たしかにここにあった夢。
誰に否定されたわけでもないのに、
いつの間にか自分でしまい込んでしまった声。
 

──叶えた? いや、そうじゃない。

あのとき信じた夢を、思い出せたこと。

それが今は、ただ、ほんとうに、ほんとうに嬉しかった。
 

そして、もしこのエレベーターがどこかにまた現れるなら、
誰かの“忘れてしまった夢”を、もう一度そっと思い出させてくれるかもしれない。

そんなふうに思った。