駅前のベンチに、俺は沈んでいた。
仕事帰りの夜。ネクタイは緩めたまま、手には空き缶。今日も怒鳴られっぱなしで、成果はゼロ。ああ、もう帰りたくない。家に着いたって、誰かが待ってるわけでもない。

そんなとき、ふと目に留まったのが、背後の掲示板だった。薄汚れた壁に、やけに鮮明な1枚のポスターが貼ってある。そこには、白地に黒文字でこう書かれていた。
その下に、無造作に貼られたQRコード。
──なんだよそれ、始まってるわけねえだろ。
酔いに任せて、スマホを取り出し、読み取った。光が画面を覆った、その次の瞬間。
──視界が、真っ白になった。
目を開けると、俺は見知らぬ部屋にいた。壁も床も天井も、
何もかもが真っ白で、現実味がなかった。だがもっと現実感がなかったのは、そこに“あの頃のメンツ”が揃っていたことだ。
カズ。ミナト。レン。そして、ユウカ。
「は? なにこれ?」「ドッキリ? え、マジでなに?」
みんな口々に言うけど、誰も状況を理解してない。
戸惑いのまま、室内に重たい沈黙が落ちる。そんなとき、壁の一部がゆっくりと動き、モニターがせり出してきた。
文字が、浮かび上がる。
『この中で、あなたがもっとも信用できない人を、ひとり選んでください。
もっとも多く選ばれた者は、脱落となります。』
その瞬間、部屋がピリついた。冗談じゃなさそうだった。足元に、黒く光る投票端末が現れる。誰も手を伸ばさない。目を合わせるのも避ける。でも、誰かが息を呑む音が聞こえた。
──空気が、変わった。
「え、ちょっと……どういうこと? 本気でやれってこと?」
「……これ、押さないと帰れないやつだよな」
「……選ぶって、誰を?」
重苦しい会話のあと、誰からともなく端末に手を伸ばした。
俺も、迷った。ほんの一瞬だ。
けど、その一瞬で思い浮かぶ顔がある。それが、どれだけ残酷なことかなんて、考える余地はなかった。
──選ばれたのは、
ユウカだった。
「は? ふざけてんの? 私? なんで!? 私なにかした?」
叫ぶ彼女に、誰も返事をしなかった。
俺も、言葉を飲み込んだ。
ユウカは昔から、明るくて、正直で、遠慮がなかった。悪気なんて、きっとない。
ただ、その“遠慮のなさ”が、知らないうちに誰かの心を踏んでいたのかもしれない。
彼女は最後まで納得していなかった。
だけど、白い光が彼女を飲み込むとき、もう何も言えなかった。俺たちは、ただ見ていた。
そして残された俺たちの前に、無言で開いたのは──銀色のケース。
中には札束。綺麗に束ねられて、ぎっしり詰まっていた。
誰もその金に手を伸ばさなかった。
……いや、伸ばせなかった。
あのとき、モニターの言葉が頭をよぎる。
『あなたの人生は、もう始まっている』
──もしそれが本当なら、
この金を持ったまま歩き出す人生を、
俺は“自分の人生”と呼べるのだろうか。
……たしかに、選んだのは俺たちだ。
誰かを見限って、背を向けて、その対価を得た。
それが「人生を変えるチャンス」なら
──そうなんだろう。
でもな。
胸を張って使える金かどうかは、
また別の話だ。

