スロバキア派遣員 阿部文子さんより | 国際親善文化交流協会(IFCA) 現地リポート

スロバキア派遣員 阿部文子さんより

スロバキアで最も古く三百年以上の歴史をもつコメニウス大学は、首都ブラチスラバにあり、そのランゲージセンターは、中世の面影を残す旧市街の一角にビルを持ち、女性の教授をトップにして十数名の教師たちが、英語、ドイツ語を中心にスロバキア語、オランダ語、スペイン語そして日本語のコースをもっている。


コメニウス大学での授業風景

  日本人教師は私ひとりであるが、トップをはじめ親切のかたまりのような同僚たちは、生活に不便はないかと気を配ってくれる。ただ悩まされるのは鍵で、どの教師も10個以上は常に持ち歩き、ドア毎にその場を離れるのがわずか3分であろうといちいちロックし、また解除するのである。  


学生たちが常に大勢そこらにいるので、盗難のトラブ ルを避けるためという。

理解はできるが呑気な日本人としては、周囲を疑うことになかなかなじめなかった。


ところで、私の学生たちであるが、殆どが同じスラブ語圏に属するチェコ語ロシア語それに英語ドイツ語、フランス語が得意で、さらに日本語をという勤勉さには驚くばかりである。


日本語については3種類の文字とそれぞれの字体、発音どれをとってみても全くかれらの言語生活とはかけ離れたものばかりである。  

しかし上級クラスの学生たちは、その殆どが日本での留学や生活の経験を持っているということもあり、流暢に日本語を話し、私の知らない漢字を教えてくれたりもする。


ひとりに「流鏑馬」(やぶさめ)」を教わりみんなして感心してながめたものである。

社会人のクラスには、銀行マン、外務省勤務、翻訳家、音楽家などいろいろな形で日本と関わりをもつ人たちが多い。  


学生たちと接していて感じることは、日本語を学ぶ直接的な動機はそれぞれあるものの、この中欧ヨーロッパがアジアに近いためか、彼らの中に東洋的なものを求める雰囲気があるということである。


それは私がこの地に魅かれるのと似ている気がする。  年末に筆ペンで年賀状書きの時間を設けたところ、皆柔らかな筆字のとりこになり、「リラックスして優雅な気持ちになる」と、どのクラスでも筆ペンが大人気で、家でも書きたいと持ち帰る学生が何人もあった。   


私自身もこの国の言葉を勉強し始めて4か月。初めの頃はその複雑さに、外国人に分からせたくないという意図があるのではないかと疑ってみたりしたが、それは単に私の理解力不足に過ぎないという客観的判断に近頃ではたどりつき、この繊細な言語のもつ奥深さの入り口にやっと立ったところである。  


この街に来て1か月位の頃、校舎の受付のおばちゃんに、「ドブリーデン。アコサマテ!」「こんにちは。ごきげんいかが!」の挨拶を初めてした時、彼女が満面笑顔で歓声を上げ、私の両手を握りしめてくれたことを思い出す。