村上春樹のベストセラー小説「ノルウェイの森」が映画化された。

映画化したい人はたくさんいるだろうと思っていたけれど、きっとうまくいなかいと思っていた。なぜなら、作品自体が極めてリアルで、読者に映像を想像させるに十分だったからである。しかし、監督が「青いパパイアの香り」の監督だと聞いて、これは期待してもいいかもしれないと感じた。「青いパパイアの香り」はある時期のベトナムの上流階級の暮らしを描き出したものであるが、その雰囲気の出し方がリアルでものすごくうまかったからである。

村上の作品に共通していると僕が感じるのは「喪失と再生」ということであるが、この作品だけは客観視できない。なぜなら世代的には村上よりもはるかに後を生きている僕は、村上によって描き出される喪失をまさにリアルタイムに体験していた苦しい時代にこの小説を読んだからである。僕はキズキであり、ワタナベ君であった。僕には緑も直子もいなかったけれど、でも直子と同じように命を断ってしまった近しい友人がいた。心が壊れてしまうことが肉体を奪うということを初めて知った頃である。

いつしか自身の心の痛みに対して鈍感になった。村上自身のことばを借りれば「そういうものさ」ということと「だからどうした」と言うことをおぼえてきたのだ。しかしながら、今でも時に心のうちの孤独を思う。家族がいても決してなくならないこの空白を思う。悲しみを悲しみ抜いたはずなのに、僕は何も学んでいないのかも知れない、と思う。