僕の大好きなマーラーの9番。しかもハーディングの指揮である。期待しないほうがおかしい。
ハーディングはこれまでの伝統とかとは全く違う地平に立つところで音楽を作る指揮者だと思う。それゆえ,聞き慣れない音楽を作ることが多いのだが,今回もそうであった。
印象は「オケがよくしゃべっている」というもの。アルミンクの時に聞かれる,流麗さを排除するように,ごつごつと良くしゃべる。ただ,昨日まで平板な日本語をしゃべっていた人が急に抑揚やアクセントを明確にして外国語を話し始めた感じがしないではない。「話すように」というのは,西洋音楽を演奏する上での基本中の基本なのだということを理解しつつあるが,まさにそのような演奏。第1楽章の冒頭から,「大地の歌」の最後,ewig,ewigを弱々しくひきづるのではなく,力強く語るのである。ただ,全体の印象としては響きがまとまっていなくて,聴いている場所のせいかもしれないけれど,いろんなパートの音がよく聞こえてくる割に混沌としている感じがして,ちょっと不思議な気がした。本当はそういう曲なのだ,といわれればそれまでだが。第2楽章,第3楽章は比較的遅めに丁寧に描いた演奏。個人的にはブルレスケはもっと諧謔的であってほしいと思うのだが,全体としてはとてもよくできた演奏で楽しく聴けた。所々に聴かれるソロが,多分ハーディングの指示があるのだろう,印象的にがつんとくる。問題は第4楽章か。冒頭の響きはこれまでの楽章とちがい流麗。ただ,演奏が進んでもちっとも心が浄化されない。どうして。最後などは,ぎりぎりの今にも止まりそうなテンポ,音が揺れたり,ちょっととぎれたりしまったりするような究極の弱音を追求しているのに。ずっと不慣れなしゃべり方をしてきたせいで,オケが力つきたという印象が強い。
正直言って,細かい傷はたくさんあった。ハーディングのマーラーでは,5番もそうだったが,オケに傷が目立つ。もちろん良い音楽の前に細かい傷はたいしたことではないのだが,ハーディングのキャパシティとオケのキャパシティのギャップがそのような傷として現れているような気がしてならない。オケがハーディングの方向性を理解して必死に食らいついているのはよくわかる。その意味ではNJPは尊敬に値するのだ。だからこそハーディングは年に2回,4プログラムのためにNJPに来るのだろうし僕もNJPを聴き続けているのだ。しかし,両者のすばらしい結婚があるとすれば,それはNJPに今少しの音楽的体力がつくことが前提となりそうな気がしている。
ハーディングはこれまでの伝統とかとは全く違う地平に立つところで音楽を作る指揮者だと思う。それゆえ,聞き慣れない音楽を作ることが多いのだが,今回もそうであった。
印象は「オケがよくしゃべっている」というもの。アルミンクの時に聞かれる,流麗さを排除するように,ごつごつと良くしゃべる。ただ,昨日まで平板な日本語をしゃべっていた人が急に抑揚やアクセントを明確にして外国語を話し始めた感じがしないではない。「話すように」というのは,西洋音楽を演奏する上での基本中の基本なのだということを理解しつつあるが,まさにそのような演奏。第1楽章の冒頭から,「大地の歌」の最後,ewig,ewigを弱々しくひきづるのではなく,力強く語るのである。ただ,全体の印象としては響きがまとまっていなくて,聴いている場所のせいかもしれないけれど,いろんなパートの音がよく聞こえてくる割に混沌としている感じがして,ちょっと不思議な気がした。本当はそういう曲なのだ,といわれればそれまでだが。第2楽章,第3楽章は比較的遅めに丁寧に描いた演奏。個人的にはブルレスケはもっと諧謔的であってほしいと思うのだが,全体としてはとてもよくできた演奏で楽しく聴けた。所々に聴かれるソロが,多分ハーディングの指示があるのだろう,印象的にがつんとくる。問題は第4楽章か。冒頭の響きはこれまでの楽章とちがい流麗。ただ,演奏が進んでもちっとも心が浄化されない。どうして。最後などは,ぎりぎりの今にも止まりそうなテンポ,音が揺れたり,ちょっととぎれたりしまったりするような究極の弱音を追求しているのに。ずっと不慣れなしゃべり方をしてきたせいで,オケが力つきたという印象が強い。
正直言って,細かい傷はたくさんあった。ハーディングのマーラーでは,5番もそうだったが,オケに傷が目立つ。もちろん良い音楽の前に細かい傷はたいしたことではないのだが,ハーディングのキャパシティとオケのキャパシティのギャップがそのような傷として現れているような気がしてならない。オケがハーディングの方向性を理解して必死に食らいついているのはよくわかる。その意味ではNJPは尊敬に値するのだ。だからこそハーディングは年に2回,4プログラムのためにNJPに来るのだろうし僕もNJPを聴き続けているのだ。しかし,両者のすばらしい結婚があるとすれば,それはNJPに今少しの音楽的体力がつくことが前提となりそうな気がしている。