来年のザルツブルグ音楽祭のプログラムが公表された。

注目は,コジェナーが歌う「カルメン」とショル,バルトリ,オッター,ジャルスキー,コワルスキーと一人でもたくさんのお客を呼べる歌手たちが一同に会する「エジプトのジュリオ・チェーザレ」だろうか。
月曜日のチッコリーニのリサイタルについて,遅ればせながら感想を。

2010年の来日のときにも思ったが,とても年齢を感じさせないピアノである。何より音が美しく,どの声部もくっきりと聞こえ,和音が濁ることがない。このように書いてしまうとなんでもないことのように思われるかもしれないが,これだけでも大したものである。それを,86歳の老人がやすやすとこなしてしまうことに驚きを感じる。

奏でられる音楽は堂々たるものである。クレメンティは,穏やかなこれといって特徴のない作曲家と認識していたが,おっとどっこい,大変堂々たるソナタを書いていたのだ。ベートーベンは31番のソナタ。途中おやっと思った箇所があり,最後も和音が濁りがちのまま,妙に中途半端に終わってしまった。

後半はリスト。すばらしい演奏。自信に満ちたキラキラした音でしかも造形的にも確かなリストの世界が構築される。これはもうお見事としか言いようがない。アンコールは,リスト,エルガー,グラナドス。エルガーの「愛のあいさつ」で聞かせた慈愛,グラナドスで聞かせたスペインの風土,いずれも一瞬にしてその世界を築きあげる。脱帽である。
メッツマッハーなら,当然期待するのはシェーンベルクなのであるが,所用で前半は聴けなかった。後半のブラームス。今まで聴いたことがないようなブラームスであった。様々な楽器によって作られる横のラインを強調しており,縦がきれいに揃ってただ美しい和音が流れるように響いて曲が進むというのとはまったく異なった風情である。それに独特の間。これはブルックナーか!?と思うような間があり,強弱も独特。しかし,低音を土台とした立派な響きをオケは作っており,実に立派である。ブラームスは特に木管楽器の首席たちが大活躍であるが,どのパートを聴いても実に雄弁に語るのだ。泰西名曲をただこなしたという演奏とは全く一線を画したものである。心の底から揺さぶられるような音楽かといえば違うのだけれど,さまざまに意匠をこらした演奏は感動的である。