実家のマサキの生垣の陰に、古い井戸があった

井戸は透明な水を湛えていた

水には数匹の緋鯉が放たれていた

鯉に御飯粒や家庭菜園の野菜につく虫を投げてやると、競って水面を波立たせた

ある日そんな井戸を含む庭の一画が整地された

アパート建築のためだ

唐草模様に縁どられた陶製の胴管は、無残に割られ、片付けられた

鯉達はタライに移され、数日のうちに何処かへ貰われていった

入り婿の連れ子で、家族との折り合いが悪い私も、やがて家を出た

あれから数十年過ぎて、今も肌は覚えている

魚捕りから戻って、泥まみれの足を洗ったあの水、ひんやりしていた



とんぼうに取り囲まるる家出かな をさむ