子供の頃荒川(荒川放水路)は新川と呼ばれていました。

大正から昭和にかけての工事によって、新設された川だからです。

その際わが実家は、その真ん中にある家屋を1キロメートルほどひいて、現在の位置に据えられました。

移動後の農家は、すでに国のものとなっている川べりの田や畑に通い、耕作をしていました。譲渡の際に、何らかのとりきめをしたのでしょう。

ある日そんな田んぼの水路に、気味の悪い生物を、発見しました。

3、4匹いたでしょうか。強い日差しを受け生暖かくなっている水中を、ダークグレーの長いものが、寄り添ってくねくねとうごめいています。

あたりには誰もいません、不気味な空間にはまってしまった、幼い私でした。

しばらく眺めて家に戻りますが、家庭的ではない環境にある私は、そんな出来事を、家の人に話さずにいました。なぜかクラスメートにも話さなかった。

やがて、それが何ものであるかを知る機会もなく、その記憶は埋もれていきました。

高校生になって、通学路の料理屋の水槽に、ヤツメウナギをみました。

あの日見た怪物にとても似ていますが、それによってその事件を思い出すことはありませんでした。

幼いころの私と大人になってからの私に、奇怪なものとの遭遇に対する、感動の差があるからでしょう。

しかし数年前、インターネットに映るタウナギの画を、興味深く観賞しているうちに、その記憶がよみがえり、かの怪物がそれであると知るのです。

タウナギはタウナギ目タウナギ科に属し、歯があり、低酸素の水中では、鰓(えら)の粘膜を通じて、空気呼吸を行うそうです。大昔大陸から移入されたらしい。

高度成長期、荒川の水が汚れて農家が耕作を止め、川べりの田畑の風景が消えてしまいました。

釣り人も、川遊びの子供もいなくなりました。

父の知り合いのボート屋も、小屋をたたんで、何処かへ行ってしまいました。

荒川は魚の住めない、人も寄り付かない、死の川になってしまったのです。

その後国の対策により、水が浄化されます。

喜ばしいことです。

そんな荒川に戻ってきたでしょうか、あの気味が悪い、しかし懐かしいタウナギは。



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