昭和も終りの早春、私はホテルのシアターで、夜毎演奏していました。そんなある日、あるダンシングチームがホテルインしました。
数日後のショータイム、彼女達はCAのようなコスチュームをまとってステージにあがり、近日にショーを終えるショーマン達に花束を差し出しました。
セレモニーを続けるメンバーの中から、ふとラテン系のダンサーが目に入りました。斜にかぶった帽子のかげから覗く横顔がセクシーでした。
数日後、いよいよ彼女達のショーが始まりました。きれいにそろったステップ、迫力のあるボーカル、とても素敵なチームでした。
初演間もないある日、そのダンサーが風邪薬をどこで調達できるかと、音合わせ中の私のバンドをたずねてきました。彼女の名を「テス」といいます。
私はひと月ほど前ボーカルのジュニオールからもらって、まだ使用していないシロップの風邪薬を取りに、ホテルの隣の宿舎へ戻りました。
とってかえし、それを渡そうと楽屋に訪ねましたが、なぜか彼女はそこにいません。
ステージの上で数人のダンサー達が練習をしていたので彼女の居所をたずねたら、中の一人がスーザンを呼んできました。スーザンはテスの姉です。そしてその姉妹はとても似ています。
不思議そうにしているスーザンに薬を渡してきましたが、なんだかすっきりしませんでした。
しかしその晩の仕事場で、すれ違いざまにテスが「メディスィンアリガトウ」と言いました。私はそこで人まちがいをしていた事に、気づいたのです。
だがそんな失敗などたいしたことではなかった。あらためて彼女をみて、いっそうその優美さに魅せられてしまいました。そしてそんな彼女の役に立てたことを嬉しく思いました。
しかしそんなうきうきとする気持ちが止むまでに、あまり時間はかかりませんでした。
彼女がせっせと刺繍をするテーブルクロスが、彼女のチームのメンバーの一人であるリトにプレゼントするものだと知って、あこがれの恋が砕け散りました。
その後私はスーザンと親しくなり、コーヒーを飲んだり(後輩に運転を頼み)ドライブしたりしました。だが愛し合う関係にはなりませんでした。
そんなある日宿舎に事件が発生しました。
私と同じフロアーに泊まっているホテルマンの持ち物が盗まれたのです。
そのホテルマンは失敬な奴で、なにを勘違いしたのか、私を疑って尋ねてきました。
私は悔しくて、情けなくて、家に帰りたかった。だがすでに演奏時間がせまっていて、代理のプレーヤーを探す時間がありません。しかたなく仕度をしてシアターに向かいました。
ショーはすでに始まっており、ダンシングチームが映画音楽「スティング」のサウンドにあわせて踊っていました。
私はステージの袖の椅子に座って、うなだれ、出番を待っていました。
その時突然、誰かがホールの隅にまで響くような大きな声で、「サミー!」と叫びました。私の名はOSAMUだから彼等からSAMMYと呼ばれていました。
びっくりして顔をあげたら、傍にいたベースのカズが「テスですよ」と言いました。
すぐに踊っているテスの方へ視線を向けましたが、一心不乱に舞う彼女の姿が見えるだけでした。
数日後、チームは契約の3ヶ月のステージを終え、ショーは次のコリアンショーのグループに引き継がれました。
テスは私に言葉をかけることもなく、海の向こうへ帰っていきました。
水面蹴る鴨のつがひの飛び立ちて沼は静かに闇になりけり (をさむ)