出張に向かうバスの中から
橋が見えた。

子供の頃、いつも渡っていた橋だった。
当時の島根女子短期大学と農林高校は
芦の生えた河川敷を持つ
川を挟んで向かい合っていた。

そこは私の通学路でもあったし、
車が来なくて日曜には人気の少ないその場所は
格好の遊び場だった。

短大は大きな松の立木に囲まれていて、
講堂は未舗装の広場に面していた。
建物は木造の小学校のように簡素で
(軋むドアなど思い出すと実際に木造だったのだと思う)時おり人が行き交い、静寂のなか時々ピアノの音がした。

私たちは普段は開かない講堂のドアに
開かないと知りつつ毎回手をかけてみたり、
アップライトピアノが並ぶ個室の練習室に忍び込んで、習いたてのピアノの曲を弾いたりした。

そして大学はある日移転した。
新しい校舎は多分使いやすく、寒さに悩まされることも
無いのだろう。

橋が残った。
殆ど人の渡ることのない橋が。

その手前にあった静けさに変わって
そこに横たわるのは車が来なくて行き交う高架の道路だ。
便利になった。
市内から雲南市へ早く到着できる。

でも
橋を見たとき、大事な何かを失ったのだという気がした。

思い出すと心がぎゅっとなる場所。
子供が思わず忍び込まずにいられないドア。
大きな松の木陰。

町から影が消えて
その他の何かがその場所を埋めていく。
喧騒でも空虚でもない。
うまく言い表せない何かで。

古い建物が壊されました新しい建物が作られる。
それは使いやすさとか意味とか安全とか利便性で置き換えられるけど、それだけではいけないのだと思う。



考えていきたい。

つぼくら