奇妙な集会 2018 | 夏風の吹く広場〜JW.orgに載らないある暑苦しい男の思い〜

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本当は爽やかな春風になりたいけれどなれない、暑苦しい夏風のブログです。

今晩、とある集会がある。


この集会のために、JWはひと月ぐらい前から
「平和,健康,豊かな暮らし   みんなの願い!  (なんか、このタイトルは政党のチラシっぽく思えるのは私だけでしょうか? ずいぶんと俗的になりましたね)」と書かれた、一人◯十枚と渡されたチラシ(これは昨年のタイトルです。今年のタイトルを知っている人がいたら教えてください)を持って区域を回り、その集会にぜひ来るように家の人や知り合いや家族を誘う。しかも、昨年は排斥された人には出席を勧めたのに、今年はやらないらしい。コロコロ変えるあの組織ならではだ。


さて、当日のその集会では、日頃地味な服を着る女性たちが、日頃めったに着ないようなおしゃれな洋服を着たり、振袖の着物を着て来ることが多い。今日は、春の新作服の品評会なんだろうかと思うことがある。


その集会では、イースト菌抜きで味が全く付いていないパンと、混ざり物のないワインが壇上のテーブルに並べられる。


集会が始まると、講演者が最初はキリストの死の意義を語るが、すぐに話は二つの級のことになる。一つの級は、ハルマゲドン後に天に上げられて支配する側に、もう一つの級はハルマゲドン後に地上で支配される側になり、楽園を作る仕事に明け暮れる、という話である。


話の後、祈りがあった後にパンが回される。だが、誰も食べる人はいない。横から横へ、前から後ろへ、ただ淡々と回されていくだけだ。最後まで回されたらご丁寧に講演者も一度最前列の椅子に座り、彼にパンが回されるが、講演者もパンの載った皿を持つとすぐに係の人に渡し、再びすべてのパンの載った皿が壇上のテーブルに戻される。


その後、またも祈りがあった後、今度はワインが回される。だが、これを飲む人も誰もいない。パンの時と同じように横から横へ、前から後ろへと回されるだけだ。今度もご丁寧に講演者はステージから降りて最前列の椅子に座り、ワインが回されるが、すぐに係の人に戻され、壇上のテーブルに戻る。


ごくたまにそのパンとワインを口にする強者がいるそうだが、その人には例外なく当日か後日、長老からの厳しい尋問があるらしい。しかも、それがあることを知っていながら、口にする人は世界的には年々増えているらしい。


その後、地上での楽園の話と、その楽園に入るために何をしなければならないかが話される。つまり、この宗教をやらないと楽園には行けないという結論にそれとなく、しかしはっきりと持っていく。そして、楽園では規則があることが強調され、その訓練として今から従順であることが求められる、という内容が一昨年から入ったようだ。そして、さらに今年から、政府から禁止されても、捕まってもやるように!と言われるらしい。


歌と祈りで集会が閉じられると、ステージの前の美しく飾られた花の前で、主に着飾った女性たちがキャピキャピ言いながら、思い思いに記念写真を撮り始める。もちろん男性も写真に写るが、着飾った女性の方がひときわ目立つ。


こうしてひととおり終わったら、みんな帰途につく。キリストの死を悼み、その時の苦しみに思いを馳せているように見える人は誰もいない。
 


これを、「奇妙な集会」と言わずして何と言おう。


覚醒してから、年を追うごとにますますこの「記念式」の奇妙さが目につくようになった。

この奇妙さは、私の中で多くなることはあっても少なくなることはない。




過去4年間の同時期に書いた記事を、表現を多少修正して再掲しました。あの頃より後にアメブロを始められた方も多く、しかもJWのやっている奇妙さは全く変わらないどころか、年々その奇妙さはますます増強されているからです。もし、「この記事はもう4回も見たぞゴルァ!」と思われた方は、そういう理由ですのでご理解くだされば幸いです。