こんにちは(^-^)、蒸し暑くそれに負けてしまいます、歳ですね(^-^)
さて、何かを進めるために、私たちで言えば販売ですが、類似を否定しながら目標を勧めようとするのは今では当たり前の時代のようですが、では否定する側ががずっと残っているかといえば疑問を多く感じます。
文章的にはここで「例えば」となるのでしょうが、そういう例はあまり意味がありませんので書かないことにして、「否定」で正誤の判断が果たしてつくのだろうか?とういう疑問です。まあ、参考にはなるのでしょうが帰って話をややこしくする要因の方が強いように感じます。
優れていることは正誤とは異なります。と個人的には感じていますがいかがでしょうか。
競争社会で他を否定しながら自分が頭角を現す「努力」は素晴らしいことだと思いますが、それでも正誤を無視した努力はどこかもろさが出るように感じます。
であれば、そこそこの違いはお互いに認めながら進んだ方が出る結果も良いのではないかと最近感じています。何事にもあてはまるのではないでしょうか。
世の中には「良い所を見つけて伸ばす。」という言葉もあるようにそこには思いやりや責任感も含んだ人を思いやる気持ちが最優先のように思うのですが、、、。