VIGYAN BHAIRAV TANTRA「源泉への道」
和尚講話録 P.299~304
質問
「昨日の最後の技法は『誰かに対する反感ないしは 好感が生じるとき、それを相手に向けず、中心に とどまる』というものでした。
でも この技法を 自分の怒りや 憎しみなどで試してみると、どうしても その感情を抑圧してしまい、それが心理的抑圧になるような気がします。
そこで お聞きしたいのですが、この技法を実行しながら、どうやって この心理的抑圧をまぬがれたらいいのでしょうか」。
表現と抑圧は ひとつのコインの両面だ。
そのふたつは 正反対だが、基本的な違いはない。
表現の場合も、抑圧の場合も、ともに 相手が 中心になっている。
私が怒っている。
そして私は その怒りを抑圧する。
最初は その怒りを あなたに向けて 表現しようとしていた。
今度は あなたに向けて その怒りを 抑圧する。
だが 表現しようと 抑圧しようと、怒りは依然 あなたの上に投影されている。
この技法は 抑圧のためのものではない。
この技法は 表現と抑圧の 基盤そのものを変える。
この技法は言う。『それを相手に投影してはいけない。あなたこそが その源泉だ。』
表現しようと抑圧しようと、あなたこそが その源泉だ。
その力点は、表現の上にも 抑圧の上にもない。
その力点は、怒りの大本を知ることにある。
肝心なのは、中心へと向かうことだ・・・怒りや、憎しみや、愛の生じる その源泉へと・・・。
抑圧というのは 中心へ向かうことではない。
表現を相手に 戦うことだ。
怒りが私の中に生じた。
普通、私にできることは ふたつだ・・・怒りを 誰かに表現するか、あるいは 抑圧するか。
いずれの場合にも、私が関わっているのは “相手” であり、“表面に現れた怒りのエネルギー” だ。
源泉ではない。
この技法の要点は、相手を完全に 忘れ去る ことだ。
わき起こる 怒りのエネルギーを見つめ、そして 深くまで下りていって、自分の 内側にある源泉、怒りの源泉を見いだす。
その源泉を見つけたら、そこに 中心を定める。
怒りに対しては なにもしない・・・それが大事だ。
表現 というのは、怒りに対して なにかをすることだ。
抑圧もまた、怒りに対して なにかをすることだ。
怒りに対しては なにもしない。
怒りには触れずに、ただ 通路として使う。
怒りの中に 深く入り、怒りの生じたところを 見定める。
その源泉を 見つけたら、そこに中心を定めるのは 簡単だ。
要は、怒りを通路として 使って、その源泉を見つけることだ。
どんな感情でも 使うことができる。
抑圧というのは、源泉の探求ではなく、表現を求めてわき上がる エネルギーとの戦いだ。
抑圧することもできるが、遅かれ早かれ それは 表現される。
わき上がるエネルギーには 抵抗できない。
そのエネルギーは 必ず表現される。
だからあなたは、それを Aの上には 表現しなくても、きっと Bの上、Cの上に 表現する。
自分より 弱い人間を見つけたら、きっと そのエネルギーを 表現する。
表現しなければ、重圧や 緊張や不快感を 感じる。
それは 表現される。
いつまでも 抑圧してはいられない。
どこかから あふれだす。
あふれ出さなかったら、絶えず それに 悩まされることになる。
だから 抑圧とは つまり、表現の延期だ。
ただ 延期するだけだ。
あなたは 自分の 上司に対して怒っている。
だが それは表現できない。
それは経済的ではない。
だから 押し殺したほうがいい。
そこで じっと待って、やがて それを自分の妻とか子どもとか、あるいは 自分の使用人などに 向けることになる。
家に 帰ったとたんに、それを 表現する。
もちろん、なにか口実を見つける。
人は 理性を持った動物だから、なんとか こじつける・・・ごく些細なことを見つけて……。
ところが それがひどく 重要なものになる。
あなたに 表現するものがあるからだ。
抑圧とは 延期だ。
延期したければ、何ヵ月でも、何年でもできる。
知者たちに言わせれば 何生でも延期できる。
しかし いずれは必ず 表現される。
この技法は 抑圧や 表現には まったく関係ない・・・まったくだ!
この技法は、あなたの気分や、あなたのエネルギーを 通路として使い、自己の 内側へ 深く入っていく。
グルジェフは しばしば いろんな状況を創り出した。
その状況を使って、怒りとか、憎しみとか、その他の気分を 人に ひき起こした。
それは 意図的に 創り出された状況だった。
ところが 人は それに気づかない。
グルジェフが 弟子たちと座っている。
そこに あなたが入って行く。
あなたは これから どうなるか知らない。
だが、みんな示し合わせて あなたを怒らそうとしている。
みんなで そのように ふるまう。
誰かが なにかを言い。
そしてグループ全体が ひどく侮辱的に ふるまう。
あなたは 逆上する。 突然 怒りが わき起こる。
あなたは 燃え上がる。
やがて、ある 一点がやってくる・・・内側へ深く入っていくことも できれば、外へ 出ることもできる 一点だ。
グルジェフは それを見てとる。
あなたは 内側で絶頂点に達し、もう爆発するばかりだ。
そのとき彼は言う
「さあ目を閉じて、自分の怒りに覚醒し、後戻りするんだ」
そのとき初めて、その状況が 意図的なものだったとわかる。
誰も あなたを侮辱するつもりはなかった。
それは ただの芝居、心理劇だった。
だが 怒りは生じた。
たとえそれが ただの芝居だったとわかっても、そのエネルギーは 急には なくならない・・・それには時間がかかる。
さて そのようなときには、下がっていくエネルギーと ともに、その源泉へと降りていくことができる。
このエネルギーによって、その大本へと 下りていくことができる。
そしてあなたは 源泉へと接続される。
これは もっとも効果をあげている 瞑想法のひとつだ。
なにか 気分を創り出してごらん……。
そうするまでもない。
というのも、一日じゅう いろんな気分が 存在しているからだ。
どんな気分でもいいから、瞑想のために 使ってみる。
すると 相手を完全に忘れ去ってしまう。
それは 抑圧ではない。
ただ、昇ってきたエネルギーと ともに下っていくだけだ。
エネルギーは みな源泉から やってくる。
そのときには 通路が温まっているから、その通路を使って 後戻りが できる。
あなたが 源泉に到達するやいなや、エネルギーは その源泉の中へと 落ちていく。
それは 抑圧ではない。 エネルギーは その源泉へと戻った。
自分のエネルギーを 源泉に再統合できるようになれば、あなたは 自分の身体の、自分のマインドの、自分のエネルギーの マスター(主人) と なる。
あなたは主人となった!
もう 自分のエネルギーを 浪費することはない。
どのように エネルギーが 自分とともに中心へと退いていくか、いったん それがわかったら、もう抑圧の必要も 表現の必要もなくなる。
今現在 あなたは怒っていない。 ところが 私がなにかを言うと あなたは怒る。
そのエネルギーは どこから やってくるのか…。
少し前は、あなたは 怒っていなかった。
そのエネルギーは あなたの 中に あった。
もし そのエネルギーが 再びその源泉へと 戻ったら、あなたは 少し前の 自分の状態へと戻る。
エネルギーというのは、怒りでも、愛でも、憎しみでもない。
エネルギーは あくまでもエネルギーであり、中性だ。
その 同じエネルギーが 怒りとなり、同じエネルギーが セックスとなり、同じエネルギーが 愛となり、同じエネルギーが 憎しみ となる。
すべては 同一のエネルギーの 様々な形態だ。
形態を 与えるのは、あなたであり、あなたの マインドだ。
その形態の中へ エネルギーが 入っていく。
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