前回の続きです。
今回は大宰府政庁跡正殿から展示館まで
政庁の正殿跡です。
一番左が一番古い石碑です。
3本の内で一番新し右端
(1914年建立の大宰府碑)
がまだない、2本だけの
絵葉書です。この左側は
一番古い1880年建立の、
太宰府址碑です。
太宰府址碑解説板です。
碑文の内容は
碑文の内容です。
正殿復元想像図です。
ここで近年写真を撮りました。
正殿解説板です。
正殿跡の一番右の石碑です。
一番新しいけれども、風化
して読みずらいです。
正殿発掘時1999年の写真です。
発掘で出土した鬼瓦です。
正殿跡の遺構平面図です。
現在地にある地図です。
本殿跡から南の南門方向です。
上図⑫から⑬方向です。
上図⑫から⑭方向です。
下図⑫から⑯の後殿方向です。
政庁跡は散歩している人が多いです。
散歩中のにゃんこです。
本殿跡の礎石は日光で暖かい
のか、ずっと石の上にいます。
東楼跡です。
下図西楼跡です。
恥ずかしがり屋の茶トラさんも
います。
政庁の大きさは南北211m、
東西111mあります。
こんどは礎石に隠れた茶トラ
さんです。
西楼跡です。
北門跡です。
上図⑬付近です。
この反対方向は
本殿跡と回廊跡が見えます。
下図⑬付近です。
⑬の北側に行くと
築地塀がありました。
⑫付近の橋の上から展示館
方向です。
ここから少し右に歩くと
⑬付近回廊跡で展示館方向です。
下図⑲付近にある小野老の歌碑です。
「あをによし 寧楽(なら)の京師
(みやこ)は 咲く花の にほふが
ごとく 今盛りなり 」『万葉集』
小野 老(おの の おゆ)は、奈良
時代の貴族・歌人です。小野妹子
が曾祖父です。長屋王の変で藤原
氏の味方となり出世しました。最
終官位は従四位下・大宰大弐でし
た。
今回はここまでで、次回に続く
「いいね」押したときは、
ブログ村・ブログランク
も押してあります。
読者募集中、
3日おきに後午後7時半~9時頃に
更新しています。
登録では「相手がわかるように」に
設定して読者登録してください。
読者様のブログはたまに拝見に行き、
1日あたり約50件のブログを見て
います。
Ctrlキーを押したままで、下の
ボタンを押すと画面飛びしません。
お手数ですがよろしくお願いします。
![]()
ぽちっと![]()
押すだけ
ポチお願いします。

































