人吉城(日本100名城) 8 三の丸から城主の御舘跡 最終回 | みどりの木のブログ

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1日おきに更新しています。

昨日の続きです。

今回は三の丸から城主の御館跡までで、

最終回です。

 

三の丸の於津賀社から下りた所の

下図⑪から⑩方向です。

これはお城見学用に造られた石段です。

右の石垣も新しいですね。三の丸の崖

には石垣が造られず、また崖に塀も造

られませんでした。崖っぷちは「竹茂か

り垣」という竹林にしていました。

下図の本丸・二の丸・三の丸が明治の

西南戦争では西郷軍の陣地になってい

ます。

 

三の丸の下は崖になっていて石垣は

造られませんでした。

 

西南の役西郷軍陣地とあるところに

お津賀社がありました。

 

赤い線に沿って歩きました。

 

さらに石段を下りた⑪辺りです。

 

さらに石段を下ります。

下に藩主御館跡が見えます。

 

 

 

 

下に降りると

 

藩主御館跡にある右側が相良護国

神社拝殿で、左側が相良神社です。

相良護国神社は明治13年(1880年)

に人吉・球磨地域の国事殉難の英霊

4748柱を合祀しています。この裏に

本殿があります。

相良神社には相良家初代~36代の
歴代当主が祭神として祀られています。

繊月石もこの神社に祀られていました

が、現在は歴史館で保管しています。

 

 

 

2社共有の参道です。

この左側に御館の庭園があります。

 

御館跡の庭園です。

 

 

下図にある御館御門橋です。

(グーグルストリートビューより)

御館の正門に架かる石橋です。

1766年に山田村の石材を切り

出し、領内の村々の民に運搬を

割り当てて造りました。

相良家は鎌倉時代からの分家も

あり。領内には14の外城があり、

家臣が居住し領地と領民の支配

を行ないました。半農無給郷士

が人口の約3分の1を占めてい

ました。

なので、石橋造りもこの制度の

おかげでした。また、キリシタン

禁制とともに浄土真宗本願寺派

禁制を厳守していました。
新田開発に力を注ぎ、寛永年間

には2万1000石もの新田が開発

され実質4万石程度の石高にな

りました。また、日本三大急流の

一つである球磨川は舟の遡行が

不可能と考えられていましたが、

商人の林正盛が、1665年に

河川改修工事を完成させ、これ

により河口の八代までの水路

が確保されて産物の搬出入が

できました。熊本藩細川家の

許可を得て八代に舟場を設け

ています。

江戸時代も後期になると、幕府

手伝いや藩邸改修、度々の球磨

川の氾濫やウンカの発生等によ

り次第に財政は悪化しています。

 

 

 

御館跡にある力石です。

 

1640年の「お下の乱」のときに、

犬童三之亟がこの石で、大手門

を打ち破り中に入りました。

 

この居石はよくわからないようですが、

藩主御館で使われた石です。

 

石垣の間に御館の出口石段があります。

御館跡から出ると

 

この石垣の上が藩主の御館跡です。

手前の道は下図にある馬責馬場跡

です。家臣が馬術稽古に励んでいる

姿か見れるようになっていました。

多くの城で御殿横に馬場があるの

は、馬に乗る上級家臣を監視する

目的もあるのでしょう。宝暦年間

に於ける100石取りの藩士の実質

石高は、およそ3分の1まで減少し

ています。150石取り以上の藩士

は、馬を所持することが義務付け

られていたため窮乏しました。

幕末1862年の「寅助火事」によ

り武器が焼失、また西洋式軍隊

の導入の必要性を感じた藩は、

松本了一郎を起用し軍制改革

に乗り出します。了一郎の一派

は佐幕であり洋式派と言われます。

一方、江戸初期からの伝統である

山鹿流軍制を守ろうとする家老ら

は勤王派でした。これに反発した

勤王派は了一郎らを襲撃し洋式

派14人を上意討ちにし、勤王派

が主導権を掌握します。その後、

山鹿流、オランダ式とも廃止さ

れ薩摩藩よりイギリス式軍制が

導入されました。

 

 

 

 

これで人吉城の紹介は終わりです。

明日からは八代城紹介です。

 

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