2011.2.10
今日はなかなか濃ゆーい感じだった。
フラ語のプログラムで、外に出てレッスン。
まずはヘビ寺に。
この寺はベナンの伝統宗教であるブードゥー教のもの。
この宗教はヘビ(ニシキヘビ)が神聖な生物とされている。
なので、このお寺にはたくさんのニシキヘビがいるというわけ。
ニシキヘビの生態に詳しくはないが、ベニノワがみんな「大丈夫」と言うので、、、
というか、半強制的にみんな首にヘビを巻くことに。
意見が割れるところではあるが、僕はニシキヘビの触感はなかなか好きです。
ひんやりしてて、この暑いベナンにはちょうど良いかと。
ビビる女性陣のリアクションもなかなかおもしろかった。
けど、巻いてみて、こいつに本気で閉められたら死ぬなって思った。それくらい力強さがはっきりわかった。
こんな感じ。

そして、こんな感じ。

ヘビ寺の後はウィダの歴史的コースを見て回った。
以前にちょっと触れたが、ウィダはベナンの中、てか世界においても重要な歴史を抱えている。それは奴隷貿易について。
とりあえず、その歴史的コースはこんな感じ。
ウィダ博物館→チャチャ広場→奴隷街道→帰らずの門。
ウィダ博物館は、奴隷として各地から連れてきた黒人を集めておく場所だった。

奴隷貿易に関するものが多くあり、興味深かった。とにかく驚いたのは、奴隷の価値について。
ここで、問題。
ウィスキーの瓶1本と取引される黒人男性の数は?
正解は21人。
たった数百ミリリットルの液体と21人の人が同じだった。
それだけでなく、男女差にも驚いた。
大砲一つと交換される男性は15人に対して、女性は21人。
奴隷の中でも女性は軽視されていたという事実。
全く自分の範疇の外。
次に言ったチャチャ広場はかつて奴隷が取引されていた市場がった場所。

チャチャというのは、この奴隷の市場の責任者だった人の名前。彼はベニノワ。これもけっこう衝撃だった。まさかベニノワが奴隷を扱う側にいたとは思ってもいなかった。
しかも、彼は一度、奴隷としてアメリカ大陸に連れていかれた経歴を持つ。その後、白人に認められ、奴隷市場の責任者を任されるようになった。
同胞の売買に携わるなんてあり得ないと思いつつ、そうしなければ殺されるという状況なら、自分はどうするか。。。
実際に彼以外にも奴隷の売買に関わっていた黒人は大勢いたようだ。僕はそれも知らなかった。白人が勝手にやってきて、力でねじ伏せ、黒人のすべてを奴隷として扱っていたと思っていた。
その後、奴隷街道に。この道はホテルの前だし、何度か海に行くために通っていたので、なんとなく自分の中で普通の道という認識になっていた。
けど、この道の途中には疲れたはてた奴隷を捨てていたところもあるし、家族を忘れるための木というのもあった。
最後に行った帰らざる門は奴隷たちがアメリカ大陸に向かう船に詰め込まれたところ。この門をくぐったら、もう二度と帰ってこれないという門。

全く想像つかないけど、絶望という表現が頭に浮かんだ。
でも、ベナン人はこの門を帰らざる門ではなく、帰る門(フラ語を直訳)と呼んでいるそう。
なぜなら、奴隷としてアメリカ大陸に運ばれた人の中には帰ってきた人たちもいたから。本人でなくとも、その子孫の中にベナンに戻ってきた人もいるし。
間違いなく人類史の負の遺産だけど、そういうのを吹っ飛ばして、ポジティブな表現に変えられる彼らはたくましいなって感じた。
てな感じで、午前のプログラムを終えた。
午後は・・・です。
いつも通り、ストレスがたまる感じの授業でした。
もう一つ、今日の出来事。
雨が降った。
今は乾季だけど、ハルマッタンが終わるときは雷を伴って雨が降るそうな。
たぶん明日から、さらに暑くなるのかなー。
ちょうど夕飯を食べ終わったくらいに降り出したので、止むまで男3人でレストランに残って、いろいろ語る。
日本での訓練中は班も違ったし、クラスも違ったので、あんまり深いというまじめというか、議論するみたいなのをしなかった。けど、けっこうこっちに来て、男3人で語ることが増えた。
時には女子アナの話など、どうでもいいことも話すけど、自分の考えを口に出すこと、それに何らかの意見を言ってもらうことで、自分の考え、思想、価値観みたいなのが鍛えられる気がする。
だから、本当に楽しい、充実した時間だと思う。
任地に配属されたら、なかなか話せなくなるので、できるだけそういう時間を大切にしたい。
正直、フラ語は任地行ってからでも勉強できる。
それより、これからできなくなる語ることの方が大事。今、そんな考えがふと、頭に浮かんだ。
そんなことを考えている、テスト前日の夜。
では、ごきげんよう。
今日はなかなか濃ゆーい感じだった。
フラ語のプログラムで、外に出てレッスン。
まずはヘビ寺に。
この寺はベナンの伝統宗教であるブードゥー教のもの。
この宗教はヘビ(ニシキヘビ)が神聖な生物とされている。
なので、このお寺にはたくさんのニシキヘビがいるというわけ。
ニシキヘビの生態に詳しくはないが、ベニノワがみんな「大丈夫」と言うので、、、
というか、半強制的にみんな首にヘビを巻くことに。
意見が割れるところではあるが、僕はニシキヘビの触感はなかなか好きです。
ひんやりしてて、この暑いベナンにはちょうど良いかと。
ビビる女性陣のリアクションもなかなかおもしろかった。
けど、巻いてみて、こいつに本気で閉められたら死ぬなって思った。それくらい力強さがはっきりわかった。
こんな感じ。

そして、こんな感じ。

ヘビ寺の後はウィダの歴史的コースを見て回った。
以前にちょっと触れたが、ウィダはベナンの中、てか世界においても重要な歴史を抱えている。それは奴隷貿易について。
とりあえず、その歴史的コースはこんな感じ。
ウィダ博物館→チャチャ広場→奴隷街道→帰らずの門。
ウィダ博物館は、奴隷として各地から連れてきた黒人を集めておく場所だった。

奴隷貿易に関するものが多くあり、興味深かった。とにかく驚いたのは、奴隷の価値について。
ここで、問題。
ウィスキーの瓶1本と取引される黒人男性の数は?
正解は21人。
たった数百ミリリットルの液体と21人の人が同じだった。
それだけでなく、男女差にも驚いた。
大砲一つと交換される男性は15人に対して、女性は21人。
奴隷の中でも女性は軽視されていたという事実。
全く自分の範疇の外。
次に言ったチャチャ広場はかつて奴隷が取引されていた市場がった場所。

チャチャというのは、この奴隷の市場の責任者だった人の名前。彼はベニノワ。これもけっこう衝撃だった。まさかベニノワが奴隷を扱う側にいたとは思ってもいなかった。
しかも、彼は一度、奴隷としてアメリカ大陸に連れていかれた経歴を持つ。その後、白人に認められ、奴隷市場の責任者を任されるようになった。
同胞の売買に携わるなんてあり得ないと思いつつ、そうしなければ殺されるという状況なら、自分はどうするか。。。
実際に彼以外にも奴隷の売買に関わっていた黒人は大勢いたようだ。僕はそれも知らなかった。白人が勝手にやってきて、力でねじ伏せ、黒人のすべてを奴隷として扱っていたと思っていた。
その後、奴隷街道に。この道はホテルの前だし、何度か海に行くために通っていたので、なんとなく自分の中で普通の道という認識になっていた。
けど、この道の途中には疲れたはてた奴隷を捨てていたところもあるし、家族を忘れるための木というのもあった。
最後に行った帰らざる門は奴隷たちがアメリカ大陸に向かう船に詰め込まれたところ。この門をくぐったら、もう二度と帰ってこれないという門。

全く想像つかないけど、絶望という表現が頭に浮かんだ。
でも、ベナン人はこの門を帰らざる門ではなく、帰る門(フラ語を直訳)と呼んでいるそう。
なぜなら、奴隷としてアメリカ大陸に運ばれた人の中には帰ってきた人たちもいたから。本人でなくとも、その子孫の中にベナンに戻ってきた人もいるし。
間違いなく人類史の負の遺産だけど、そういうのを吹っ飛ばして、ポジティブな表現に変えられる彼らはたくましいなって感じた。
てな感じで、午前のプログラムを終えた。
午後は・・・です。
いつも通り、ストレスがたまる感じの授業でした。
もう一つ、今日の出来事。
雨が降った。
今は乾季だけど、ハルマッタンが終わるときは雷を伴って雨が降るそうな。
たぶん明日から、さらに暑くなるのかなー。
ちょうど夕飯を食べ終わったくらいに降り出したので、止むまで男3人でレストランに残って、いろいろ語る。
日本での訓練中は班も違ったし、クラスも違ったので、あんまり深いというまじめというか、議論するみたいなのをしなかった。けど、けっこうこっちに来て、男3人で語ることが増えた。
時には女子アナの話など、どうでもいいことも話すけど、自分の考えを口に出すこと、それに何らかの意見を言ってもらうことで、自分の考え、思想、価値観みたいなのが鍛えられる気がする。
だから、本当に楽しい、充実した時間だと思う。
任地に配属されたら、なかなか話せなくなるので、できるだけそういう時間を大切にしたい。
正直、フラ語は任地行ってからでも勉強できる。
それより、これからできなくなる語ることの方が大事。今、そんな考えがふと、頭に浮かんだ。
そんなことを考えている、テスト前日の夜。
では、ごきげんよう。

