2011.3.20
先週の活動報告をしようかと。

さて、先週は何をしたかというと、、、
何もしてなーい。って感じです。
先週の日曜にうちの水をくみ上げるシステムが壊れたのだが、
その修理のために、ほとんど家にいなければならなかった。

日曜。大家に電話。「日曜だから無理」

月曜。大家来る。電気系統があるとこへの鍵を忘れ、大家帰宅。
午後、大家に電話。「今、もうコトヌーに向かってる」
電話が切れて、かけ直すも、大家、その電話をシカト。

火曜。修理屋来る。でも、直らず。午後、来ると言うも修理屋来ず。

水曜。修理屋来る。でも直らず。午後、来ると言うも修理屋来ず。

木曜。修理屋来ず。

金曜。修理屋来るも鍵を忘れ、帰宅。午後、ようやく修理完了。

このようにして、なんとか6日に渡る断水状態から脱出できた。


こんな1週間だったけど、金曜の午前はなんとか他の隊員の体育の授業を初めて見れた。
ベナンの体育は7時~10時か16時~19時って決まっている。
日中がすごく暑いので、その時間を避けている形だ。意外と考えられている。
でも、時間が3時間もあり、子どもたちも50~70人と多い。そこらへんはあまり考えられてない。
朝が弱い僕にとって、7時から授業はしんどい。。。

授業を見ての感想は、、、まさに動物園!!
まず7時来ない。来ても、なかなか集まらない。
言うことを聞かない。別のところで遊ぶ。
気がつけば、けんかしてる。泣いてる。怒ってる。

まぁ、僕が見に行った日は特に酷かったらしいけど。
言語が中途半端で、しかも外国人。しかも、体罰はしない。(ベナンでは体罰は当たり前)
その状況では、どうしても生徒をうまくコントロールできない。
本当に難しいなって思った。
でも、ベナン人の先生はちゃんとコントロールしているようだ。もちろん、体罰や成績下げるぞっていう脅しもあるからだけど。

そんな状況で、僕が体育の授業を持つべきなのか。
日本人ボランティアが体育授業を実践するべきか否か。
今、僕の活動はそこを見極めることが一番の課題。
もちろん、体育の授業を持つことは自分にとって良い経験になることは確かだ。
でも、それがベナンのために必要かはまだ判断できない。

もっともっと知らなければ。
ベナンを。ベナン人を。ベナンの教育を。ベナンの体育を。。。

そんな感じなのだが、来週はテスト週間のため、授業はないそうな。
暇な週になりそう。。。

では、ごきげんよう。




今日は日本の地震について。

自分の家族、親戚、友達が無事であり、本当にほっとした。
地元の秋田県は日本海側ってこともあり、あんまり大きな被害はなかったようだ。
地震後、1日くらい停電だったようだけど、太平洋側と比べたら、、、
やっぱり、人は自分本位だなって思った。
まずは自分に関係のある人の安否。それから、まわりを見る。
犠牲者の遺族の無念さを感じられるのも、自分に関係する人がいるから。
もし自分の父が、もし自分の母が、もし自分の恋人が、もし自分の兄弟が、
犠牲になったらどうかっていう部分をある程度想像できるから、悲しさがある程度わかる。

今回の地震は自分にとってリアルではない。
自分はアフリカのベナンにいて、家族、親戚、友達が無事で、現場の映像も見ていない。
人からうその話を聞かされているよう。
「父が電車で通勤、母が自転車で通勤してる」っていう親からのメールで、初めて深刻さを実感したくらいだ。それだけガソリンがないんだって。
自分はアフリカの最貧国のひとつに数えられるベナンで、普通に電気を使い、水を使い、うまい飯を食ってる。
そんな中、日本では、多くの人が寒いのに電気を満足に使えず、燃料も不足した生活している。
途上国にいると、日本の贅沢さがわかるってよく言うけど、その逆のような状況を経験している。
それでも、この震災を日本の外で経験したから、見つけられたこともある。
まず、日本人の理性の高さ。各国のニュースでも取り上げられてるように、物資やライフラインが整わない中でも、しっかりと秩序を保ってる。支給されたものを人から盗ったりしないし、避難所でもちゃんとルールを守る。
日本人的には当たり前だと感じるかもしれないけど、ここベナンにいるとそのすごさがわかる。
たぶん、ベナンだったらパニック状態になって、いろいろ暴動やら何やら起きるだろうなって思う。

もうひとつは、世界のつながり?みたいなのを強く感じた。
ベナンでも、日本の地震は知られていて、いろんなベナン人がお前の家族や友人は大丈夫か?って聞いてくる。
それを経験して、各国が日本への支援を表明しているっていうニュースや世界中のいろんな著名人の日本に対する応援メッセージを見ると、なんだろう、当たり前だけど、日本は島国で孤立してるようだけど、つながってんだなーっていうのをより強く実感できた。

そんなこんなで、特に意図もなく、思ったまま、感じたままに今回の地震について、書いてみた。
日本だからこそ、この災害から最速で復興してくれると信じている。
今は、日本を信じて、自分の活動を続けようと思う。
2011.3.13 
本日、ベナンは大統領選挙の投票日。

もともとは2月27日だったのが、3月6日に変更され、さらに今日に変更。

そもそもの延期の理由は、有権者みんなに配らなければならない選挙カードの準備・配布の遅れ。

今回も立候補している現大統領の一番のライバルは僕のいるポルトノボ出身の人。

あくまでうわさにすぎないが、ポルトノボを中心に南部の人たちが特に選挙カードを受け取れていないらしい。

取りに行ったらなかったり、そもそもリストに名前が載ってなかったりっていうのが多いようだ。

現大統領は北部出身なので、もしかしたらわざと、南部の人たちの有効票を少なくしようと

しているのかも。

ってことで、けっこうポルトノボの人は怒っていた。

それが事実かはわからないけど、ベナンなら本当にあり得そう。

実際に、今日の投票も延期の可能性があった。

延期しろって言う反対勢力の提案を受け入れず、今日の投票を決めた現職。

あんまり、良いイメージはないね。

でも、そのポルトノボ出身の人の選挙活動もなんか変だった。

実際にその人がやってたわけじゃないけど、彼を支持する人たちは街で好き勝手、騒いでるだけ。

バイクで暴走したり、車にスピーカー積んで音楽を爆音で流したり、水掛け合ったり。。。

これが選挙に必要なことかなーって思った。

半分以上、騒ぎたいだけのやつらな気がする。

いずれにせよ、ほとんど現職とポルトノボ出身のやつの一騎打ちらしいので、

どちらかがこの国の大統領になるわけだ。

どっちがなっても、大きな良い意味での変化は無いのかなって感じてる。

てか、結果はいつ出るんだろ?

日本の即日開票のすごさを知る。



もひとつ。

タイトル通りだけど、ちゃんと備えはしようってこと。

今日、水が使えないです。

僕の家は屋上に水を溜めるでかいタンクがあって、そこに地下水を電気でくみ上げるシステムです。

タンクが満杯になったら水のくみ上げを止めて、なくなったら、またくみ上げるって感じ。

3月1日にこの家に来て、水を満杯にして以来、今日までなくならなかったのだが、

今日、ついになくなった。

ので、再度水をくみ上げようとしたら、、、

水がタンクにたまらない。。。

そもそもくみ上げられてない。。。

考えつく限りの手段を講じたが、無意味。

大家に電話したら、今日は日曜で設備を直す人は休みだと言われ、

明日の午前まで待てとのこと。

はぁ。

そもそも、うちはさっき言ったシステムのため、水には困らないはずだったのに。。。

まわりの家が断水してたとしても、うちは平気。

電気があれば、いつでも水がくめるはずが。

ということで、何の備えもしていなかった。

今、うちにある水は1.5リットル×2のみ。

大統領選挙のため、土日月と外出厳禁。

どーしよ?

実際、ここはベナンなので、明日、ちゃんと設備関係の人が来るのか。

そして、来たとしても、すぐに問題が解決するのか。

不安である。

一日くらい水浴びをしないのはいいけど、トイレ流せないのは、、、

実際、水が使えなくなったとき、僕は大きい方をしていた。。。

今も彼らはトイレに留まっている。



では、ごきげんよう。
2011.3.7
任地に移動し、はや一週間。
ようやく今日から、仕事開始。
先週は家の整理と生活適応を理由にグータラ過ごしちゃいました。。。

初日は何したかというと、
挨拶と行動計画書の様式作成、フランス語の勉強。
要は大したことせず、時間が過ぎてったてこと。

協力隊の仕事は、職種と国によって、ホント違う。
てか、全要請ごとに全く違う。人によっては初日からバリバリ働く人もいるようだけど、それは仕事内容が決まってるから。
けっこう決まって無いケースの方が多いかも。

オレは一応体育だけど、何をするのか全く決まってない。
要請内容にはこれとこれとこれって言う風に書いてるけど、それが用意されてるわけじゃない。
体育で、学校に配属される人は授業持つんだろうけど、オレの場合、学校じゃなく、日本の教育委員会的なところ。
なので、授業をしなくても、良いわけです。
まぁそれは望んだことなのだけど。
僕の場合、もともとの要請はホント、書面上のもので、形だけ。
自分で活動を作っていく感じ。

ということで、当面はベナンの体育とかスポーツに関する状況把握、情報収集をして行く。具体的には、任地ポルトノボの学校を見学したり、近くにある体育関係の大学に行ったりかな。幸い、僕の配属先である中等教育局は各学校の上にある組織なので、何かと動きやすいのは事実。
これをうまく生かして、活動の基礎を作っていきたい。
んで、問題点、オレができること、ニーズなどなど、いろんな要素を考慮して、何を中心に活動していくかを選択していく。

というこれからの行動指針的な日記でした。

では、ごきげんよう。
2011.3.4
無事、任地に着き、数日経過。

任地のポルトノボは、コトヌーから車で1時間弱程度の距離だし、道もしっかりしてるので、無事に着く確率が高い任地のひとつだと思う。

ポルトノボは実はベナンの首都。
経済とか人口はコトヌーの方が上で、空港や行政機能もコトヌーに集中してるから、日本人的にはコトヌーが首都って言われた方がしっくりくる。
ドミもコトヌーにあるし。
でも、立法を司る国会がポルトノボにある。それがポルトノボを首都としている理由なのかな。

でも、まぁ他の隊員の任地に比べれば、すごく都会。生活に必要なものは何でも揃う。
たぶん、日本の人がイメージしている協力隊の任地とはかけ離れてると思う。


とりあえず、ポルトノボに着いた3月1日を振り返ってみよう。
ハプニングをメインに抜粋していく。

まず、我が家に着いてすぐのこと。

自分の家は2階にあるのだが、その2階にあがるためのドアがどれかわからない。。。
一緒に来ていた事務所の人もわからない。。。
ということで、そこにアクセスできそうな入り口の鍵穴に片っ端から、鍵を入れていくことに。
悪戦苦闘し、30分ほどかかって、ようやく家の玄関にたどり着く。

そしたら、次は玄関が開けっ放し。。。

おいおいおい。
誰か侵入してんじゃない?
ってことで、慎重に中を確認。
結局、何もなく、大家さんが開けてただけだったらしい。
だが、そのときはわからなかったので、すぐにその場で鍵チェンジ。
もれなく、汗だく。

次は水の事件を3つほど。

①元栓を開けたら、洗面所の蛇口のつまみ部分から水が噴き出し、つまみが吹っ飛ぶ。。。
蛇口ではなくつまみがあった部分から、上に水が出ている光景はなんとも言えないものでした。

その結果、水を吹き出させながら、シャワーを浴びなければいけない事態に。

②そのシャワー中、シャワーヘッドを床に落としてしまった。
したら、シャワーに水が供給されている元の部分が外れ、こちらからも水が噴き出す。。。

洗面所の噴き出し、シャワールームの噴き出し。
それら二つは実は同じ部屋での出来事。
加えるならば、トイレと水の元栓も同じ部屋。。。
うちの水に関する機能はほぼ一カ所に集中していることを、知りました。

③を話す前に、僕んちの水供給システムについて、説明しなくてはならない。
僕んちは屋上にタンクがあり、そこに電気によって、地下水をくみあげている。
そのため、途上国でよくある断水が起こっても関係がない。
電気が生きていれば、いつでも水をくみ上げることができる。

しかし、そのシステムは僕が思ってるほど、完璧ではなかった。

シャワーから出ると、
「おーい、戸嶋くーん」
という同じ任地の先輩隊員の声が。
けっこう焦った声だったので、急いで出てみると、、、

家の前が洪水状態。。。

んで、おもむろに上を見てみると、
屋上にあるタンクから水が噴き出している。。。

この水システムは、タンクに水がたまると自動で水の供給が止まるわけではなかったのだ。
供給はあくまで供給。
たまったら、水が噴き出るから、止めてねって一言、タンクに書いてあれさえすれば、、、
ここまで被害を拡大させることはなかったのに。。。

ここまでがとりあえず、1日に起こった主な事件。

楽しいスタートだったと思いたい。

では、ごきげんよう。