剣窓・真砂威先生文章より
「武士道」が、侍の心組みや生き方についての道徳原理とし、また己を高めるすべとしてきたのは言わずもがなのことです。新渡戸博士が見いだしたように、わが国ではこの「道」が根底にあるゆえに、ことさら宗教の信仰がなくても国民はおしなべて道徳的でありえたのです。この「道」という観念は、日本文化独特のものであり、日本人の意識構造や宗教観にも重要な位置をしめました。そしてこの「道」が、わが大和民族の道徳を大きく支えてきたのです。
井手克彦も、居合道の「道」について何時も言っておりました。
「道というのは、まっすぐばかりじゃ無い。曲がりくねったり、坂道だったり、デコボコだったり、石ころだらけだったり、穴が開いていたり、しかし続いているから、道なのであって、10歩行ったら、行き止まりを道とは言わない。
先ず自分自身の目標を作ってそこに向かって進んで行くしか道は無い。
ちょっとやソットの修業では道を極めること無し。道の極意とは、いかにも遠いものである。」
閑話休題
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キズは順調に回復しているようです。今日はつけかえもナシ。ただ鬱血した第一関節のほうがチョット痛みます。
包帯の上からでも触っている感触が分かるので、神経系統はダイジョウブのようです。
