熊本の被災状況は嫌でも
情報が入ってくる。
支援情報がSNSで出回って、
みんなシェアして拡散してくれている。
難しいのが、現地の人にしてみたら
それが優しさとして想いとして
きちんと伝わっているのか、届いているのか
、気になっています。
前回のブログで伝えていますが、被害は
少ないと言えども実家は熊本。
私は離れているけど、心配でテレビの前から
離れられない、家族が心配、夜また地震こな
いか、心配事は絶えず被災地の方々に比べたら甘いけど、夜もあまり眠れない。
いつ、どこがどうなってもおかしくない
一度で終わらないんだ、と証明された今
心配しか出来なくて募金くらいしか今は
出来なくて、情報拡散することが本当に
正しいのか分からなくて、声になかなか
出せなくて、そういう人他にもいるのか
気になってます。
近い立場になってわかったこと。
ニュースでも被災地の情報沢山流れてて
SNSでも色々な情報流れてて、シェアして
その合間にそれぞれの普通の生活が
垣間見られる。
楽しかったこと、美味しいご飯食べたこと
そんな羨ましくも、そして被災地から
乖離した画像をあげること
そういった人に限って、まるで心配です
といわんばかりのシェアをしていたり
テレビでも報道以外の情報が流れていて
仕方ない、と分かっていてもそれが本当の
想いとして気持ちとして被災地にどう見えて
いるのだろう
と考えすぎたら、声あげられなくて。
実際、夜は避難している家族が体調壊したり
それを日々心配し、連絡し、現実に近いとこ
にいる者として、皆さんの優しさが時として
偽善にしか見えなくなる、
直接被災していない私でさえ、そう思うのに
現地の人はもっともっと複雑な想いなのか
そんなこと考える余裕もないのか
わからないけど、少しでも被災地の人の
気持ち考えられたら、もっともっと本来
違う行動に出るんじゃないか、
声上げたくても、上げられない
そんな人たちの声を拾うことが
本来は必要なんじゃないか
ここ数日思って、そして考えてしまう
私の個人的な考えだし
決してそれが悪いこととも言えないし
優しさの表現は人それぞれということ
わかってはいます。
難しいこと、だともわかっていますが
ただ、発信する情報や行動は相手を理解した
うえでやっていることですか?
少しだけ、ほんの少しだけ
考えてみてもらえたら嬉しいです。
ちなみに、私の知人は逆に
現地の気持ちは自分にはわからない
だから、余計なことはしない
と言い切っている人もいます。
私としては、そう言い切るのも
優しさの一つなのではないか
と思っています。
こういったこと言っているだけでは何も
変わらないのも事実なので
一つずつ少しずつ、出きることから
協力していきます。
そして、心配しご連絡頂いた周りの方々
本当にありがとうございます。
皆さんの気持ちはありがたく、実家へも
気持ちを届けています。
そういった身近な言葉は、きちんと
現地を勇気づけています。
元気を与えています。
身近に被災している関係者がいたら
一言でもいいです。
声かけてあげてください。
きっと、間違いなく
言えない言葉を沢山抱えているはずです。
そういった言葉から
本当にやらなきゃいけない
やるべきことが見つかる気がしています。
勝手な思いを書き綴った長文を読んで頂いた
方々ありがとうございます。
きっと、
何を言っているんだ、こいつ
と思ってしまわれるかもですが
少しでも、この複雑な想いが伝わるといいな
と思っています。
ては。