もう、10年も経つ。
彼が、地上から生を絶ってから。 そりゃあ、当時は酷いモノだった。 彼を追いかけて二人の女の子が、飛び降り自殺未遂をしたり、私もそうだけど、周りのファンの娘達は、毎日泣いてた。 里帰り、実家先で報せを受けた私は、崩れるように座りこんだ。 まるで昨日の事の様に、遮断した無音が耳に張り付いているのを覚えている。 彼が『この世から居なくなった』事実で付けられた傷跡は、深く、広く、堪えられない痛みを、私達に与えた。 あれから、10年。 あの人が『いない』事実は変わらない。 私達の中に付いた傷跡も、無くなっていない。 それでも、確かに変わっている『何か』。 それが生きているってことだ。 生きていれば、年月は過ぎる。 年月が過ぎれば、色々な『何か』が変わり行くものだ。 10年目。 追悼ライブが行われる。 残念ながら、私は行けないけれど、出演する面子を見れば、お祭りドンチャン騒ぎになるのは、目に見えている。 あの人に、湿っぽいのは似合わない。 彼は、あの独特の口端の上げ方で『ニイッ』と笑うのが似合う。 あの癖のある独特な声で、彼は馬鹿笑いをするのだ。 私は、毎年この日の過ごし方は、同じだ。 仕事から帰って来て、お酒を片手に窓の外、空へ向かって【乾杯】をする。 毎年、この日は空も表情を曇らせているけれど。 今年は、そんなドンチャン祭りを楽しみに、笑顔を見せてくれるだろうか。 さあ、心して準備にとりかかれよ。 彼は、そんじょそこらのお祭り騒ぎでは、満足しないのだから。 彼は、エイリアン。 目には見えないロケットに乗って、やってくるのさ。恐らくはね。 子供で、やんちゃで、誰よりも先を見ようとして、『生きてる』事の辛さと、喜びを知り、毎日を『生きた』この世に降り立った、異質者。 さあ、祭れ。 彼には、痛みを覚えるほどの太陽が良く似合う。 私も、空を見上げて歌おう。 カラカラした、愛しい笑い声が、聞こえてくる。 |
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