『友達だと思ってたのに』
昨日、友人にこう言われた。
なんだ、そりゃ。
その言葉の意味は『友達だと思ってたのに、あなたはそうじゃなかったんだね』って責めてるつもりなんだろうけど、じゃあ、なんだ、金輪際友達としてお付き合いしないわ。ってことになるのか。
悪いけど、その友人は『嫌いじゃない』。
嫌いじゃないが、特別好きでもない。
私は、多分基本的に冷たい人間で、今友人だ思ってる人はたくさんいるけど、『好きな友人』は多分、数えられると思う。少ないとは思わないが。
『嫌いじゃない』友人もいるんだよ。
好きか、嫌いかで問われれば好きだと答えるしかないけど、特別『好き』っては言えない友人。
一応友人というくくりにはしてあるけど、私からしたら『知人』。
友人というくくりにするには、私のなかで結構厳しいものがあるのよ。
でも、『知人』って言葉は別に私は冷たい言葉だと思わないんだけどね。
だってそうじゃない?
深い仲(別に性的な意味とかじゃなくてよ。付き合いがってことね)になりきれない、趣味が一緒で、たまに映画に行く、とか、ペットの趣味が合う、とか、それくらいのお付き合いでいる人ならどっちかってーと、『知人』。
友人とは呼ぶけど、『友達』ではない。
今の日本人は、日本語の深いところを理解しないで、ちょっと話したらすぐに『友達』扱いするでしょ。
なんだそら、と。
そんなに安っぽいモノなのかと。
私はそうじゃない。
そうじゃないからこそ、それを理解出来ない人とは「友人」にはなれない。
嫌いじゃない。その友人。
ただ、ときたま少し面倒くさい。
上記にも記述したけれど、私は基本的に冷たい人間だと思う。
面倒くさい、と思えば、放っておく。
それに、罪悪感はないわね。
それに、逐一連絡とって、互いの何を確認したいの。
私は、メールも電話も、しないときは本当に半年とかしないよ。
それでも、私の友達でいてくれてる子はいるわ。
その子は、本当に友達と呼ぶけど。
酷い友達は、中学校の頃の友達。
10年間連絡なんてほぼ、とってないですけどナニカ?
それでも、お酒は飲みに行くし、笑い話はする。
まあ、今では知人に近い友人っていうのかしら。
高校の頃までは、周りにいる仲の良い子は「友達」でも、良いと思うんだけどね。
自殺未遂する人は嫌いか、とか、不安定だから、とか、そんな事は私には関係ない。
大体、そんな事を見せつけてどうするのよ。
私は、誰も救わないし救えない。
自殺未遂でも、何でも勝手にやったらいい。
私はそんな事気にしない。
友達は友達だし、知人は知人だし、友人は友人だし。
友達、なんて思いカテゴリに、簡単に属させない。
私の『友達』のカテゴリの扉は、重いんだ。
私のそんなところを、理解・許容・諦め・妥協。(理解と許容は求めてないけど)
それが出来ない人は、私と友達にはなれないと思う。
それでも、彼女の事は嫌いではない。
嫌いではないのよ。
そこが、難しいんだろうね。
変なの。