身近の死 | ideogram

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所謂、普通といわれる内容の日記も有りな、いろんな意味でオタクが綴るブログ。アニメ、ゲーム、歴史(幕末、戦国)ネタもあり。


三日前、幼馴染みが死にました。

病気だったそうです。

ずっとずっと、最近手紙やメールが来ないと思っていたんです。


『便りがないのは元気な証拠』


と言いますが、彼にとっては、真逆だったようで。

亡くなった彼の弟から、連絡がきました。

私にとっても弟のような彼は、私を良く慕ってくれていました。

いの一番に私に報告するのを避けたそうです。

「忙しいのに、体調が良くないのに、報せたらすぐにこちらにきただろうから」

と彼は言いました。

幼馴染みといっても、もう随分と前に引っ越してしまい、今は京都にいます。

京都まで、来てしまうだろうから、と。

行ったかもしれない。

と言うと、でしょ?とかえされた。

お金もないから、負担はかけたくなかったらしい。

病名は聞いてません。

彼も、言わなかった。

聞いても仕方がないから。

同情の種にしかならない。

そして、彼もそれをわかっていたんだと思う。

私の考えを、誰よりも否定せず、疑問視せず、受け入れてくれた兄弟だから。

お葬式は、本日すませてしまったそうで。

骨、いる?

と聞かれたけど、いらない。

と答えた。

いらないと思った。

そう笑われて、私も笑った。

「苦しそうだった?」

「いや、全然。倒れた時は苦しかっただろうけど、息を引き取る時は意識もなかったし」

「そっか、じゃあ、良かったね」

「うん、ありがとう」

そこまで話して、泣かないの?って聞かれたから、笑って言いました。

「泣くわけないでしょ」

彼も、笑って

「だと、思った」

身近の人が亡くなっても、私は泣いたことがない。

幸いなのか、なんなのか。

そのとき、私とほぼ会っていない方ばかり、亡くなるから。

実感が沸かないんだろうな。

毎日会ってる人が亡くなれば、いやでも『いない』現実を味わうだろうけど。

弟である彼は、カナダへ留学するそうです。

もう、私とは会う気はないと、言いました。

慕ってくれているからこそ、もう、会いたくないんだそうです。

わからないでもない、気がするので、私は一言「わかった」と言いました。

彼等のご両親とは、交流はない。

私の両親も、すでに交流はないので、私と弟の彼との繋がりがなくなれば、縁はすべてなくなってしまう。

それでも、いいかなと思う。

私がカナダに行って、偶然会ったらどうする。

と聞いたら、その時は、もう運命だから結婚しましょう。(彼は私には敬語なのだ)

といわれたから、それを約束して、普段ならいわない、『別れの言葉』を彼に伝えました。

「さようなら」

「さようなら」

その言葉と、「大好きだったよ」を、幼馴染みの墓前に伝えてもらうことだけを、頼んで、たった一本の電話で繋がっていた縁を、きりました。

もう、私から電話をかける事はないし、彼の家を訪ねる事もないでしょう。

たまに、思い出しては笑い話に。

懐かしむ事はあっても、悲しむ事はないでしょう。

彼は、優しい人だった。

そして、愚かなほどに、私を愛してくれたから。

『泣く』行為が嫌いだった彼のために、私は悲しまない。

だって、悲しいことなんて、何一つなかったから。

彼と一緒にいた時は、楽しい、嬉しいことばっかりだったから。


たった一つの心配事。

写真嫌いだった彼の遺影はちゃんと用意出来たのかしら。

それを思って、また一つ笑う。

彼は、こんなにも、私に笑顔をくれるから。

悲しみません。

ふと思い出して、笑顔をくれる人。

彼は、そういう人でした。

そして、これからも、そういう人で有り続けるでしょう。


私の、お葬式、呼ぶ人がまた一人減ったけど。

ね。


さようなら。

愛した人。

さようなら。


願わくば、ずっと笑顔で。


ご冥福をお祈りします。

なんて、格式ばった事言わない。

あなたは、笑顔でずっといればいい。

それだけでいい。










2008.01.10