うちは周りの家より家が大きい。
お婆さんが先生をやっていた関係で、
お婆さんが若い頃一生懸命働いて建てた家らしい。
小さい頃は都会のことなんか知らないから、
田舎の自分の家が町内の人の家の2倍くらいある事に優越感があった。
子供だったので
人のうちが自分の家より小さい事を小馬鹿にしてたところもあった。
小学校の時は学校から家が1番遠い場所にあったので、
帰りがけに友達の家に寄って帰ったりもしていた気がする。
自分の家より部屋数が少なかったり
お庭が小さかったり
なんだかボロボロだったりするのが
ちょっと不思議に感じるお家もあった。
中でも
従兄弟はボロいコーポに住んでいて、
片親だった為家の中もぐちゃぐちゃ。
でもいつも家族一緒で
駐車場で焼肉をしたり仲が良いのが
羨ましかった。
ある時母と従姉妹の家で過ごしていると、
部屋が汚すぎて
いつも祖父が家の中を毎日片付けて回る私の家ではありえない事になっていたので、
何気なく
「この家凄い汚い〜!!」
みたいな事を言った記憶がある。
子供の私としては
いつも片付けなさいと怒られていたので、
ありえない・なんで片付けないんだろうという気持ちで言った。
でもその瞬間うちの母が
「なんて事いうの、
○○くんの家はお母さん1人で忙しいから
片付ける時間がないの!」
と凄く怒られた。
私は自分は正しいことを言ったつもりなのに、
そんな大人の事情も分からないのに、
怒られて
しかも自分の母なのに
自分の味方をしてくれなかった事が
とても悲しかった。
基本的にうちは祖母が先生をやっていたので、
学校から1番遠い家なのに、
遊びに行くのは帰ってから。
門限は6時。
昭和の時代の先生だったので
お行儀やマナーが一番。
夕飯も箸の持ち方、食べ方をうるさく言われ、
姑舅に頭が上がらない母はただ見ているだけだったので、
夕飯の楽しい記憶はあまりない。
「うちはお金はあっても愛がない」
そう子供ながらに思っていた。
なので貧乏そうでも
アパートなどに1世帯で暮らしている友達や従兄弟がとても羨ましかった。
アパートに住んでいたら
すぐ友達と遊べるのに。
父母と祖父母の影響を受けず楽しく生活できるのに。
この気持ちは今もそんなに変わっていない。
ちなみに大人になってから
もっとお金持ちがゴロゴロいることを知ると、
お金持ちでも無かったんだと思った。
実際お金があったのは祖母だけで、
父母は普通の会社員とパートなので
「お金がない、お金がない」
と聞いて過ごした。
なのでお金持ちの気持ちも分かるし、
貧乏な人も気持ちも分かる。
逆にどっちも分かって、自分のアイデンティティがない感じ。
どちらの気持ちも分かるところがあるので、
貧乏の人に文句も言えないし
お金持ちの悪口も言えない。
お金があっても
幸せじゃない事だってあるのだ。
貧乏が幸せな事もあるのだ。
お金持ち=幸せではなく
幸せ=幸せなのだ。
なので
仕事をしないのはお金があって余裕がある
ような事を思われると悲しいのだ。
同じようなことで悩んでいる人が少しでもホッとできますように💚