なんだか最近,役に立つ記事を書かなくてはいけない.
とか一人で思って,ちょっと気づいた事だとか,思った事を書かずに脳内で溜めてしまいます.

よくない叫び


これからは,頻繁にアップしていきます.

それもこれも梅田望夫さんのグーグルに淘汰されない知的生産術 に影響されました.
私はすぐに忘れてしまうので,手帳とかに書いてるんですけど,それでも忘れてしまうんですよね.私は書くより,キーボードを打つほうが時間効率もよいので,どんどん書いていきたいですね.



そういえば個人的にこっそりと6000人のSE達を応援していたのに,三菱UFJのシステムは失敗してしまったなぁ.
とか,
博報堂がロシアに進出!広告もグローバルな時代なのね.
とか,
昨日見たキサラギっていう映画は本当すごい!古沢良太っていう脚本家は絶対伸びる
とか,
芸人って,自分を表現するのがうまいからいい芝居するなぁ
とか.

そういうささいな思った事をアウトプットしていかなければいけないですね.




 
最近,ある社会人の方のブログを見ていました.学生の頃からいい内容を書く人でした.
社会人歴1か月なので,116円のパンを2日かけて食べるほど,お金がないけれど,会社に希望を見つけながら,趣味の音楽を一生懸命やっている人です.
「でもそれなりに楽しめるぜ、その状況も。」と言ってしまう.

じゃあ、更に10年後くらいの自分を考えてみる。

したら今と同じようなことを言えるだろうか?

言わなきゃいかんとです。ずーっとこう、高く上っていく感じ。

どんどん面白くなっていく感じ。

別に自分で無理やり環境変えなくたって

つまり例えば海外とか行って環境が違うのだけを確認して自分が何かやったように思うのではなくて

1つのことで楽しめると言う、まだまだ楽しんでいけるという

そんな気分です。

今週もフル回転でいこう。



なんかこういう大人になりたいと思いました.
自己満足ではなくて,自分で幸せを創り出すってことなのかなと思います.

幸せってなんでしょうか?
お金?地位?能力?家庭?名声?愛?


幸せの定義って自分の中にあるものなのかなと思いました.

就職活動が終わってからバイトを始めました。


今まで、どんなバイトも楽しくそれなりにやってきました。しかし、今回のバイトは本当につらい・・・・・。



それは店長が合わないと感じていたからです。本当に、私は今日まで嫌だ嫌だと思っていました。



私は我が強いから、いつも怒られても

「でも私は○○だと思ったからこうしたんです」

と言っていました。そして店長が怒っても自分が考えていいと思ってしたことだから何が悪いんだと思っていました。


余計に怒る店長。




解決策は友人に店長の事をグチるだけ。

なんて建設的じゃない解決法




でも今日店長にこう言われて気づいたんです。

「お前はいつも言い訳ばかりする。結果できてないんだから、どう考えてたってできてないものはできてない。」


あ、なるほど。

私、自分の意見ではなく言い訳だった。



ものすごくハラオチした瞬間で、同時に言い訳していた自分が恥かしくなりました。私は言い訳する人が嫌いだったはず・・・。

ビジネスでも、仕事でも結果が全てで、それが相手の求めるものと違えば、ただの言い訳です。




なんで私は店長と会わないと感じたか?と考えました。

よく考えてみれば、最近人に怒られることなんてなかった。私はあまり挫折を知らずに育ってきて、いろいろ思考するだけあって生意気で、プライドが高い。だからハラが立つ。



社員訪問でお話させて頂いたクリエイティブディレクターの方が言っていました。

「若者は生意気なくらいがいい。

でも、そこで高飛車な奴より、挫折した時に耐えられる奴こそが最も成長する。」



もっと店長に怒られなけらば。

もっと悔しくならなければ。

そして、考えなければ。

私は生まれも育ちも長野です。

今は大学で和歌山ですが、それまでは20年間長野にいました。



当然、友人も長野の人が多く、今日mixiを見ているとその友人達の、生の聖火リレーの様子の写真や動画をたくさん見ることができました。

もちろん、彼らも危険を承知して「友人までの公開」などにしていました。



その動画を見ると、


たくさんの中国旗とチベットの旗。

叫びと叫びの戦い。

聖火どころではない警官と防御隊の大行進。

ものものしいブーイング。


でも、バックはよく遊んでいた長野駅の風景。



なんか、なんのためのオリンピックなんだろう。なんのための聖火リレーなんだろう。

と思ってしまいました。





長野オリンピックの時は小学生で、目を輝かせて試合を見に行きました。目の前の見たことのないスポーツ選手にわくわくしていました。



今の小学生が、この光景を見たらどう思うでしょうか。

生々しいナショナリズムと、そこに残る寂しさ。





私はでも、中国のこともチベットのことも何も知らないです。


テレビがいつもする中国批判。

それに感情的になる中国の人達。


いったい何を信じて、どの情報が正しいのでしょうか。


昔、「嫌韓流」を読んで友人と軽く言い争ったことがあります。そこにはTVの情報は間違いで、ネットが正しいと書いてありました。でもネットは闇雲に韓国を批判するだけ。だと私は思いました。



なんか、「情報」と「国家」とか「政治」とかこの組み合わせは、本当に脅威で、恐ろしい。

一人ひとりがもっと自分で知識を深め、もっと勉強して、自分で考えていかなければ思いました。