君はノーサイドの笛を聞いたか
このドキュメンタリー、必見です。
君はノーサイドの笛を聞いたか
http://www.blow-ide.com/
この映画は、戦前、オーストラリアのナショナルチーム「ワラビーズ」に所属し、僅か2試合だけ出場して、歴史の彼方に消えた日系人ラガーマン ブロウ・イデの生涯を追ったもの。
ラグビー・オーストラリア代表チーム「ワラビーズ」。ファンならずともその名を知られる世界トップレベルのチーム。そのチームに、70年前、一人の日系人ラガーマンがいた。「ブロウ」という愛称で呼ばれたそのラガーマン、W.P.J.イデ、1935年ー39年にラガーマンとして活躍した。
この映画『君はノーサイドの笛を聞いたか?』は、そのブロウの人生を辿るものである。
ブロウは、日本人の父井手秀一郎とオーストラリア人の母クララの四男として、1914年、オーストラリア・シドニーで生まれた。秀一郎は、佐賀県の出身。葉隠武士と呼ばれた、鍋島藩の武士の末裔である。
明治維新で、士族たちは困窮し、秀一郎もチャンスを求めてオーストラリアに渡り、絹と羊毛の貿易で成功し、ブロウが生まれた頃は、ノース・シドニーに豪邸を建て、町の名士として知られていた。
兄たちの影響でラグビーを始めたブロウはたちまち夢中になり、高校に入学するとたちまち頭角を現し、卒業後、地元のラグビークラブ「ノーザン サバーブス ラグビークラブ」に入り、ファーストグレード(1軍)として活躍した。
だが、オーストラリア代表チーム「ワラビーズ」の壁は厚く、所属クラブを移籍するなどの苦労の末、やっとメンバーに選ばれ、1938年のニュージーランド、ナショナルチーム「オールブラックス」戦の第2戦と第3戦に出場した。その後、ブロウはイギリス遠征のチームにも選ばれる。
しかし、ブロウたちがイギリスに到着したその日に二次世界大戦が勃発し、ブロウたちは一戦もすることなく帰国し、1940年、ブロウは陸軍に志願する。間もなく、ブロウの部隊はマラヤ(現マレーシア)出発することになった。出発の前夜、ブロウは、恋人ヘザー・レイノルズと婚約した。
1941年、日本軍の攻撃が始まると、ブロウは父の祖国と戦うという複雑な立場に置かれた。その後、シンガポールで日本軍の捕虜となり、タイ—ビルマ間を結ぶ「泰緬鉄道」建設の強制労働に従事させられた。
1944年9月、ブロウたち捕虜は輸送船「楽洋丸」に載せられ、シンガポールから日本へ向った。フィリピン沖でアメリカの潜水艦の魚雷攻撃を受けて船は沈み、ブロウたちは海に放り出された。誰もが我先に救命ボートに乗り込もうとする中で、ブロウは救命ボートに乗ることを断り、仲間に譲って死んだと言われる。
ブロウはなぜ死を選んだのだろうか?
この作品は、時代に翻弄された日系オーストラリア人ラガーマン、ブロウ・イデを訪ねる中から、戦争、ラグビー、家族、日本とアジア・オーストラリアの関係、そして、ブロウの生き様などを伝える。
そう、ブロウの名前は、井手なんです。
(井出じゃなくて、井手ね)
ルーツも同じ佐賀県。
ほぼ間違いなく、血はつながっていると思います。
僕がラグビーをやっていたこと、
長男がやっていること、
次男がやりたがっていること。
なんというか、勝手に意義を感じてしまいました。
R13のオーストラリア留学は、これで決まりだな(笑
君はノーサイドの笛を聞いたか
http://www.blow-ide.com/
この映画は、戦前、オーストラリアのナショナルチーム「ワラビーズ」に所属し、僅か2試合だけ出場して、歴史の彼方に消えた日系人ラガーマン ブロウ・イデの生涯を追ったもの。
ラグビー・オーストラリア代表チーム「ワラビーズ」。ファンならずともその名を知られる世界トップレベルのチーム。そのチームに、70年前、一人の日系人ラガーマンがいた。「ブロウ」という愛称で呼ばれたそのラガーマン、W.P.J.イデ、1935年ー39年にラガーマンとして活躍した。
この映画『君はノーサイドの笛を聞いたか?』は、そのブロウの人生を辿るものである。
ブロウは、日本人の父井手秀一郎とオーストラリア人の母クララの四男として、1914年、オーストラリア・シドニーで生まれた。秀一郎は、佐賀県の出身。葉隠武士と呼ばれた、鍋島藩の武士の末裔である。
明治維新で、士族たちは困窮し、秀一郎もチャンスを求めてオーストラリアに渡り、絹と羊毛の貿易で成功し、ブロウが生まれた頃は、ノース・シドニーに豪邸を建て、町の名士として知られていた。
兄たちの影響でラグビーを始めたブロウはたちまち夢中になり、高校に入学するとたちまち頭角を現し、卒業後、地元のラグビークラブ「ノーザン サバーブス ラグビークラブ」に入り、ファーストグレード(1軍)として活躍した。
だが、オーストラリア代表チーム「ワラビーズ」の壁は厚く、所属クラブを移籍するなどの苦労の末、やっとメンバーに選ばれ、1938年のニュージーランド、ナショナルチーム「オールブラックス」戦の第2戦と第3戦に出場した。その後、ブロウはイギリス遠征のチームにも選ばれる。
しかし、ブロウたちがイギリスに到着したその日に二次世界大戦が勃発し、ブロウたちは一戦もすることなく帰国し、1940年、ブロウは陸軍に志願する。間もなく、ブロウの部隊はマラヤ(現マレーシア)出発することになった。出発の前夜、ブロウは、恋人ヘザー・レイノルズと婚約した。
1941年、日本軍の攻撃が始まると、ブロウは父の祖国と戦うという複雑な立場に置かれた。その後、シンガポールで日本軍の捕虜となり、タイ—ビルマ間を結ぶ「泰緬鉄道」建設の強制労働に従事させられた。
1944年9月、ブロウたち捕虜は輸送船「楽洋丸」に載せられ、シンガポールから日本へ向った。フィリピン沖でアメリカの潜水艦の魚雷攻撃を受けて船は沈み、ブロウたちは海に放り出された。誰もが我先に救命ボートに乗り込もうとする中で、ブロウは救命ボートに乗ることを断り、仲間に譲って死んだと言われる。
ブロウはなぜ死を選んだのだろうか?
この作品は、時代に翻弄された日系オーストラリア人ラガーマン、ブロウ・イデを訪ねる中から、戦争、ラグビー、家族、日本とアジア・オーストラリアの関係、そして、ブロウの生き様などを伝える。
そう、ブロウの名前は、井手なんです。
(井出じゃなくて、井手ね)
ルーツも同じ佐賀県。
ほぼ間違いなく、血はつながっていると思います。
僕がラグビーをやっていたこと、
長男がやっていること、
次男がやりたがっていること。
なんというか、勝手に意義を感じてしまいました。
R13のオーストラリア留学は、これで決まりだな(笑