電車の中の微妙な判断
電車に乗って座っているとき、僕はよく席を譲る。
座るのも大好きだけど、
席を譲って、なんだかいい事をした気分に浸るのも好き。
(それはお手洗いの水回りを綺麗に拭いて、
一人いいことをした気分になるのに似ている)
だから今までは、かなりの席を譲ってきた。
しかし・・・・・・
最近はタイミングが遅れて、
つい横の人に先に譲られてしまうことが多い。
なぜか。
席を譲るべきなのかどうか、
判断が遅くなっているからだ。
以前、爽やかな笑顔(自称)で
「ここ、どうぞ♪」
と声をかけたら、
「あたしゃ席を譲られるほど歳とってないよ!」
と怒られてしまった経験がある。
またこんなことも。
「次で降りるから大丈夫ですよ」
「はぁ、そうですか・・・」
そういう経験を多々しているので、
色々考えるようになってしまった。
結果、席を譲れていないのだ。
僕が悩んでいる隙に違う誰かが席を譲ると、
少々強めな自己嫌悪に陥る。
なんでオレができなかったんだろう、と。
イカン!
イカンぞ!
断られてもいい。
怒られてもいい。
偽善だと言われてもいい。
また譲ってみよう。
一歩前に出て、声をかけてみよう。
そうすれば、何かが変わるはず。
誰かが少しだけ幸せになるに違いない。
断られた時の気まずさなんて、
もう気にしない。
世知辛く乾いた電車の中の空気にも、
ほんの少しの暖かさを伝えてみようじゃないか!
と、こんな小さく暑苦しい考えを
実際に汗だくになりながら考えていました。
まずは、自分の汗を拭こう・・・。
座るのも大好きだけど、
席を譲って、なんだかいい事をした気分に浸るのも好き。
(それはお手洗いの水回りを綺麗に拭いて、
一人いいことをした気分になるのに似ている)
だから今までは、かなりの席を譲ってきた。
しかし・・・・・・
最近はタイミングが遅れて、
つい横の人に先に譲られてしまうことが多い。
なぜか。
席を譲るべきなのかどうか、
判断が遅くなっているからだ。
以前、爽やかな笑顔(自称)で
「ここ、どうぞ♪」
と声をかけたら、
「あたしゃ席を譲られるほど歳とってないよ!」
と怒られてしまった経験がある。
またこんなことも。
「次で降りるから大丈夫ですよ」
「はぁ、そうですか・・・」
そういう経験を多々しているので、
色々考えるようになってしまった。
結果、席を譲れていないのだ。
僕が悩んでいる隙に違う誰かが席を譲ると、
少々強めな自己嫌悪に陥る。
なんでオレができなかったんだろう、と。
イカン!
イカンぞ!
断られてもいい。
怒られてもいい。
偽善だと言われてもいい。
また譲ってみよう。
一歩前に出て、声をかけてみよう。
そうすれば、何かが変わるはず。
誰かが少しだけ幸せになるに違いない。
断られた時の気まずさなんて、
もう気にしない。
世知辛く乾いた電車の中の空気にも、
ほんの少しの暖かさを伝えてみようじゃないか!
と、こんな小さく暑苦しい考えを
実際に汗だくになりながら考えていました。
まずは、自分の汗を拭こう・・・。