【4世代でにぎやかに暮らす児玉さん

(前列中央)】

 

 9月に満100歳を迎えた東御市和の児玉一彦さんは、旧制上田中学校で同級だった東京都の高橋順さん(99)と、メールで近況報告し合い旧交を温めている。

 

   児玉さんは「いくつになっても同級生はいいもの。返信が楽しみ」と話す。


 児玉さんと高橋さんは、60歳で職場を定年退職した後、首都圏に住む同級生らと毎月1回、新宿に集まって碁を打ったり、酒を酌み交わしながら語り合ったりして交流していた。

多い時は10人ほどが集まったが、90歳を前に中止した。
 

 2017年に児玉さんが東御市の生家に戻ってからは2人が顔を合わせる機会はなかった。

しかし、高橋さんの義弟で上田市上丸子に住む工藤義房さん(88)らを通じて互いの様子を確認し合っていたという。
 

 今年9月、共通の知人が高橋さんに児玉さんの長男、俊一さん(71)のメールアドレスを伝えたことから交流が再開。

 高橋さんが携帯電話で送信したメールを、俊一さんがプリントアウトして児玉さんに渡し、児玉さんが手書きした文章を俊一さんがメールで送っている。
 

 9月21日には児玉さんが毎日、晩酌していると知った高橋さんが「羨ましいです。こちら場所柄禁酒なので、今やアルコールの味は忘れました」などといった内容のメールを送っている。

 

 

◆児玉さん
  1893(明治26)年から1910(同43)年にかけて建設された国登録有形文化財の児玉家住宅に4世代7人の大家族でにぎやかに暮らす。
 足を上げ下げしたり肩甲骨を動かす体操を1日に2、3回するのが日課。

夕食は、家族そろって食卓を囲み、1合徳利に3分の1ほどの日本酒をたしなむ。

 ひ孫の心美(こごみ)さん(10)や和波(ななみ)ちゃん(5)と遊ぶのが一番の楽しみだ。
 心美さんは、児玉さんと一緒に写真集を見たり、自分が考えたゲームをしたりするといい「ひいじいちゃんはめっちゃ優しい。話が合うからすごく楽しい」という。

 

 

◆高橋さん

【東京で暮らす高橋さん】

 


 上田市出身。

太平洋戦争では学徒出陣で満州に渡り、2年間シベリアに抑留された。

 その間の過酷な生活が原因で30歳で総入れ歯になってしまったという。
 

 工藤さんによると「自己コントロールが完璧で、超まじめ。集中力はものすごいが、二足のわらじははけない人」。
 

 60歳の定年後に書道を始め、70歳で9段。

70歳で始めた囲碁は、80代でアマチュア3段の腕前に。
 工藤さんは「ずっとわたしの目標です」と話す。