講演する柳見澤さん

 

 

 「台風19号で甚大な被害となっている長野市長沼から防災を学ぼう」ー。

 「信濃教育会賛助会員会上小賛助会員会」=小林幸雄会長=は、長沼地区住民自治協議会長沼地区復興対策企画委員会の委員長、柳見澤宏さんの講演会「まさか長沼の、あの堤防が決壊するとは~19号台風、1013は長沼のすべてをのみ込んだ~」を上田市の上小教育会館で開いた。

 上田での講演は初。

 

  柳見澤さんは、上田を含め県内の学校に勤務。

令和元年度の赤沼地区長で長沼地区住民自治協議会(赤沼、津野、穂保、大町の4区で構成)会長だったことから、避難と復興の先頭に立って活動。

 

 昨年からは長沼地区の復興を企画し、行政と協働で施策などに取り組むための復興対策企画委員長として活躍している。


 講演会には会員以外の一般も参加。

 小林会長は柳見澤さんが県教委勤務の時に知り合いになったことやエピソードを紹介。


 柳見澤さんは「1013は長沼の全てをのみ込んだ。体験したこと今感じていることを話したい」とし、避難所生活の場から長沼に行く時に車内でかけていた曲、当時の写真と現在の写真を紹介し、さまざまなものがなくなってしまった風景、堤防の強化方法などを語った。


 長沼では12日、午後4時半の早期に対策本部を立ち上げ、避難を行った背景として「長沼は水に対する恐れを持っている地域。戌の満水では270人が亡くなった。昭和58年にも決壊の危機があり、先人が防災訓練を続けてきた。平成27年に避難マニュアルをつくった。5時10分ごろには弱者・要支援者の避難の指示を出した」とし、マニュアルに従って行動したことを紹介。

 

 全体の避難の判断は、雨が止んでいたが千曲川の水位の上昇が早くなった状況から、本来の判断基準の水位より1m低い段階で行った。

その状況で「越水は免れないが、決壊するとは誰も思ってなかった」だったが、避難所で午前3時半ごろに決壊の情報が入り「何とも言えない気持ちになった」と振り返る。


 復旧では、まず道の確保から始まり「行政にお願いしても動けなかった。それは平常時の組織で動いているからで、それぞれの課が調査してから計画して動こうとする。この体制では無理」として、被害の大きさから国が入る必要性を感じたという。


 実際の作業では”災害ボランティアの力の大きさに感動”したこと、住民集会で継続的に復興させる組織として「復興対策企画委員会」が立ち上がった経緯も紹介。

 

 委員会には行政とのスムーズなやりとりのため国、県、市が参加する体制にした。

 

 ◆委員会の役割は

  ▽堤防の決壊の原因を考える(改良復旧)

  ▽長沼の復興を企画する

  ▽行政と協働して事にあたる─の3点。


 現状で大きな課題として、コミュニティの再生だとした。

 

 推進に当たり、柳見澤さんは「この地区の人はこうだ─といった『くくり』で考える危うさを感じた。一人ひとりそれぞれの背景がある。被災でそれぞれが抱える課題が出てくる。みんなが仲間だという意識を持って事に当たることが大切だと感じている」と語った。