代用監獄制度と警察の取調べ | ideamngのブログ

代用監獄制度と警察の取調べ

12月16日、防衛庁官舎のポストに反戦ビラを入れたとして住居不法侵入罪に問われていた市民団体の3人の被告のうち、全員に対して無罪判決が言い渡されました。

防衛庁官舎のポストには恒常的にチラシなどが投函されており、表現の自由の発現である反戦ビラを入れることに刑事罰を科すほどの違法性はないと判断されました。

各弁護士会の発表などで何度も示されていますが、日本の警察の捜査・取調べには節度を欠いたものが多々あり、最近はその件数も増加傾向にあります。

今回の事件でも被告は75日間も拘束され、自白を求められています。

日本の警察は昔から取り調べにおいて食事制限や睡眠妨害などの生活の規制を通じて、自白を強要することが問題になってきました。

また被疑者の弁護士との接見妨害も日常的に行なわれているといいます。

この常軌を逸した取調べの原因は法律上取調べに期間制限以外に何の制約も無いことに加えて代用監獄が制度として認められているということにあります。

刑事訴訟法上、逮捕された被疑者は3日以内に裁判官の面前に引致され、裁判官が勾留の決定をした場合には拘置所に移されて、最大10日間(延長あり)拘禁されその後起訴するか釈放するかを決定します。

国際社会における拘置所とは本来警察組織からある程度独立を保っている場であり、被疑者に苦痛などを与えて自白を強要することなどが無いように配慮されています。

しかしながら日本では警察署内の留置所を拘置所の代用として用いているために、容易に警察による生活の制限ができてしまうのみならず、弁護士との接見さえも妨害にあうという状態になっています。

すべての取調べがこのように行なわれているとは言えませんが、このような取調べが存在することも確かだと思われます。

上記のような取調べが被告人の高い有罪率を支えており、また逆に冤罪の温床ともなっています。

数日間にわたる食事制限・睡眠制限をはじめとする生活の管理・支配は相当な苦痛を被疑者に与え、そのような状況下での取調べに対して否認を続けるには強靭な精神力が必要となります。

また警察の調書は被疑者から聞いたことを書き取るというよりは、取り調べの前に事件のシナリオを作っておいてそれに対して肯定を求めることも多いと言われます。

精神的・肉体的疲労が続く中で「お前がやった」と言い続けることは冤罪の人を自白させるだけの強制力があります。

そして無辜の人を有罪だと認定して罰を与えることは、その人の国家に対する信頼を著しく害し、国家に対する信頼を損なうことは社会不安に繋がります。

私は司法制度改革の一環として警察の捜査の制約を設けるべきだと考えていますが、警察が管理・支配権を持つ留置所を代用監獄として認めているままでは、この法律改正がされても意味を成しません。

このような弊害の大きい代用監獄制度については即座に改正するべきであると考えます。

代用監獄制度は拘置所を別に作ることの非効率性から認められているところがあります。

しかしながらこのような問題に効率性を持ち出すべきでなく、より公正な取調べにこそ重点を置くべきであると考えます。

また私はこのような理由からメディアが被疑者の逮捕時から大々的に報道することや被害者が被疑者に対して感情をぶつけることを批判的に捉えています。

メディアを含めた日本社会は自白を重く捉えすぎています。

上記のような状況下で行なわれた自白にたいした価値がないことは明らかです。

大々的な報道はむしろ裁判で有罪が確定した際に行なわれるべきであり、現実の報道はこの逆になっているといえます。

被害者の人が被疑者に感情をぶつける問題については、被告人に無罪判決が下された時に被害者が裁判官を非難したりする場面をよく目にすることが問題の深刻さを示しているといえます。

感情としてはわかりますが、まだ有罪かどうかもわからない人、さらには無罪判決が下された人に対して憎しみを持つことは非常に大きな問題です。

そろそろ日本社会の逮捕が即有罪に繋がるという認識を改めるべきときが来ていると感じています。

一連の司法制度改革で市民の司法参加が既に決定しています。

市民が公正な判断を下せるようにするためにもメディアは逮捕時の過剰な報道は避けるべきであり、また一般市民の逮捕が即有罪に繋がるような認識は改めるべきです。



久しぶりに完全無罪の判決を見た気がしたのであまり今回の裁判とは関係ないところもありますが、警察の捜査について書くことにしました。

弁護士会以外で警察の捜査について書いているサイトがほとんど無いのですが、こういうことを書くと警察の捜査を受けたりするのでしょうか...