日本の学力低下と衆愚政治 | ideamngのブログ

日本の学力低下と衆愚政治

先日発表された2003年度の「生徒の学習到達度調査」(PISA)の結果が発表され、日本の成績の低下が問題になり、文部科学相は教育政策の見直しの分析・検討を進めると発表しました。

世界共通で行なわれる試験の日本の成績は以前は常に上位に位置しており、中位層が厚いということで海外からは高い評価を得ていました。

しかしながらこの日本の教育は国内からは「詰め込み教育」「画一的教育」等の批判を浴び、政府は「ゆとり教育」「独創性を育てる教育」等の目標を掲げて、教育内容の削減や習熟度別教育を導入しました。

この経緯をみればそもそも政府は試験の成績向上のために「ゆとり教育」「独創性を育てる教育」を始めたわけではないことは明らかです。

にもかかわらず、文部科学相は今回の国際的な学習到達度調査で日本の成績が下落し、学力の低下が鮮明になってきたことを憂慮して、また教育政策の見直しを進めるなどと言いはじめています。

文部科学省は一連の教育改革を進めるに当たって日本の学力が低下することは当然に想定していたはずです。

今回大きな問題とされている読解力の低下についても英語教育が国語教育よりも重視される現状では、むしろ当然の結果と言えますし、小学校からの英語教育を強要される世代では、思考力・読解力の低下はさらに鮮明になると思われます。

なぜならあらゆる思考が言語単位で行なわれる以上、自分の思考の基礎となる言語をしっかりと一つ持っていなければ深い考察はできないからです。

私は今回の結果について文部科学相がもっと勉強をするようにしなければならない主旨の発言をしたことには疑問を感じずにはいられません。

文部科学相の発言が必ずしも文部科学省全体を代表するものとは限りませんが、一連の「ゆとり教育」に代表される教育改革を進めた人々は日本の学力の低下という結果を予想していたはずだからです。

今また学力向上のための教育改革の見直しを進めることは数年間にわたって実施してきた「独創性を育てる教育」「独創性を育てる教育」などの成果をふいにすることに繋がりかねません。

近年の教育改革自体には私個人としては批判的ですが、この改革によって新たに育てられた能力も存在するはずです。

旧来型の試験の成績ではなく独創性などを育てるための教育改革を進めている以上、非常に難しいことですが生徒の独創性などを量ることで、近年の教育改革を評価すべきであると考えます。

そしてその上で、近年の教育改革で得られた能力と失われた能力を比較検討しどちらが将来の日本のために必要な能力であるのかを議論することが必要ではないでしょうか。

また私は文部科学省全体の意見は文部科学相の意見とは異なるものであると考えています。

先ほどから繰り返してきたとおり、「ゆとり教育」の先に学力低下があることは明らかであり、「ゆとり教育」を推進した人がそのことに思い至らなかったはずはないからです。

おそらく今回の日本の学力低下は文部科学省を含む官界の想定内にあると思われます。

民主主義国家において官界が目指すのは一部のエリートによって大衆が思いのままに動かされる衆愚政治です。

教育改革により導入された習熟度別学習や様々な規制の緩和によって日本の中位層は崩壊し、上位と下位に二分される形になりつつあり、現在の日本は衆愚政治に近づきつつあるように思えます。

そして実際のところインターネットをよく利用する層に若年層が多いことを考慮すると、この官界の目標はある程度成果を上げているように思われます。

Blogをこうして書いている私が言うことではないのですが、インターネットでは人々が誰が書いたかもわからず誰も責任を負っていない個人の文章を無批判に受け入れてしまっている状況をよく目にします。

またある人のサイトを見てその人の意見に共鳴した人が、新たに自分のサイトを作って同様の情報を公開することが容易なインターネットの性質上、一つの情報源から非常に多くのサイトが乱立し、そのサイトの多さが、もとは一つの情報源に収束してしまうものにもかかわらず、あたかも多数の人が様々な情報源から情報を得ているかのように見えることで、その意見の信頼性が高いかのように錯覚してしまうこともよくあります。

この問題については私はインターネットで文章を書くときにも現実に論文を書くときと同様にしっかりと参考文献などを明示することである程度は解消できるかと思いますが、私のこのBlogにも参考文献を明示していないように、暇つぶしで書くような文章に参考文献を明示するのはなかなか難しいと思われます。

このような無批判で情報を受け入れてしまう人が増えることは官界による国民の操作を容易にします。

従ってせめて国民がメディアやインターネットから情報を得るときにはある程度批判的に情報を分析・検討することが必要であると考えます。

最近の日本の世論は政府の意図する方へと動かされやすくなって来ているように感じます。

民主主義社会に生きる主権者として情報を得たときにはすぐにそれを信じるのではなく、その意見に反対する他の人の意見と比較してどちらがより正しそうか検討してみることが大切であると考えます。

また今回の学力の低下論議については学力の低下からすぐに「学力向上を目指さなければならない」と考えるのではなく、「ゆとり教育」「独創性を育てる教育」によって得られたもの、失われたものを比較してこれからどうしていくべきかを考えるべきです。