『文藝ラウンジ:TB企画』「心に残った一文はなんですか?」
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あまり個人的なことは書きたくなかったのですが、妙に書きたくさせる話題だったので書いてみます。
今までの人生で出会った言葉の中で、一つに絞るのは相当に難しいのでとりあえずいくつか挙げてみます。
1.人知らずしていきどおらず 『論語』
他人に自分の考え方が理解されなかったとしても決して怒ったりはしない。
人は自分の考えを認められないと感情的になりがちです。
議論に感情を持ち込みそうになったときの自戒の言葉です。
2.知の難きに非ず、知に処するは則ち難きなり 『韓非子(韓非)』
知ることが難しいのではない、知ったことにどう対処するのかが難しいのだ。
ある日商人の蔵の鍵が壊れました。
それを見た近所のおじいさんが「早く直さないと泥棒に入られるよ」と忠告しました。
またその商人の息子も同様の忠告をしました。
しかし商人は明日直せばいいだろうと結局その日のうちに鍵を直すことをしませんでした。
果たしてその夜、商人の蔵は泥棒に入られ蔵の中のものをすべてとられてしまいました。
この事実を受けて商人は自分の息子については先見の明があると褒めるとともに、近所のおじいさんについては鍵が壊れていたことを知っていたことから、彼が泥棒ではないかと疑いました。
近所のおじいさんと商人の息子は同じ忠告をしたにもかかわらず、片方は褒められ、片方は疑われました。
話す人の立場によって同様の言葉であっても相手の受け取り方は異なってきます。
また人は「知る」ことで満足してしまいがちです。
自分の立場を考え、得た知識をいかに活用すべきか、これも自戒の言葉といえます。
3.天才とは努力し得る才能である (ゲーテ)
宮城谷昌光氏がその著書の中で小林一茶氏が引用した言葉として紹介していたものです。
宮城谷氏は努力し得る才能であり努力する才能ではないところに注目しておられました。
何の努力もしないで8割の評価が得られればそれが一番楽でいいと思っていた時、この言葉に出会って自分の愚かさを痛感しました。
ある分野で何の努力もなしに良い評価を得られても他の分野では全く通用しないかもしれません。
しかし努力できる力さえ持っていれば、あらゆる分野において活躍できます。
成功を収めようと思ったら努力するほかはない、努力し得る才能のみがあらゆる分野に通用する唯一の才能である、これも自戒の言葉です。
4.偉人とは苦難のかたまりのようなものだ。偉人になりたいと望むことは、天に、死ぬほどの苦難をくださいとねだることだ。苦難のない人などこの世にいないが、その苦難の量と質によって、庶民は庶民でしかなく、賤臣は賤臣でしかないといえる 『奇貨居くべし(宮城谷昌光)』
人は苦難に直面するとより楽な道を選ぼうとしがちです。
しかしその時には何のメリットもなかったとしても、より難しい道を選び努力することで人は成長し、いずれ成功をつかむのだと思います。
易しい道と難しい道、二つの選択肢があったときには必ず難しい道を選ぶ、これもまた自戒の言葉といえます。
5.天知る、地知る、子知る、吾知る、何ぞ知るものなしといわん 『十八史略(曾先之)』
天が知っている、地が知っている、あなたが知っている、私が知っている、どうして知るものがいないといえようか。
「誰も知りませんから」といわれて賄賂を渡された揚震が、賄賂を受け取るのを断ったときの言葉です。
天と地の部分はおいておいても「あなたも知っているし私も知っている」という言葉には感銘を受けました。
人は誰も見ていないと多少の悪事はかまわないかと思ってしまいがちです。
そんなときの自戒の言葉です。
と、いくつか挙げてみたのですが、すべて自戒の言葉で困りました。
私は自戒だらけでがんじがらめになって生きているのだと実感する結果になるとは思いもしませんでしたので。
人間誰でも多種多様な規制に縛られて生きているのだと思いたいです。
しかし「心に残った一文はなんですか?」ということなので一つに絞らないわけにはいきませんね。
私のこれまでの人生への影響度を考えると私に努力の大切さを気付かせてくれた3のゲーテの言葉「天才は努力し得る才能である」が最も心に残っているといえます。
ちなみに解釈はだいたい通用しているものと同じであると思いますが、一部私の思い込みもあると思います。
私は上記の意味で人生に影響を受けたので自分なりの解釈をここでは示しておきました。
この文章を私の知り合いが読んだら、このBLOGを書いているのが誰かわかってしまいそうですね。
あまり個人的なことは書きたくなかったのですが、妙に書きたくさせる話題だったので書いてみます。
今までの人生で出会った言葉の中で、一つに絞るのは相当に難しいのでとりあえずいくつか挙げてみます。
1.人知らずしていきどおらず 『論語』
他人に自分の考え方が理解されなかったとしても決して怒ったりはしない。
人は自分の考えを認められないと感情的になりがちです。
議論に感情を持ち込みそうになったときの自戒の言葉です。
2.知の難きに非ず、知に処するは則ち難きなり 『韓非子(韓非)』
知ることが難しいのではない、知ったことにどう対処するのかが難しいのだ。
ある日商人の蔵の鍵が壊れました。
それを見た近所のおじいさんが「早く直さないと泥棒に入られるよ」と忠告しました。
またその商人の息子も同様の忠告をしました。
しかし商人は明日直せばいいだろうと結局その日のうちに鍵を直すことをしませんでした。
果たしてその夜、商人の蔵は泥棒に入られ蔵の中のものをすべてとられてしまいました。
この事実を受けて商人は自分の息子については先見の明があると褒めるとともに、近所のおじいさんについては鍵が壊れていたことを知っていたことから、彼が泥棒ではないかと疑いました。
近所のおじいさんと商人の息子は同じ忠告をしたにもかかわらず、片方は褒められ、片方は疑われました。
話す人の立場によって同様の言葉であっても相手の受け取り方は異なってきます。
また人は「知る」ことで満足してしまいがちです。
自分の立場を考え、得た知識をいかに活用すべきか、これも自戒の言葉といえます。
3.天才とは努力し得る才能である (ゲーテ)
宮城谷昌光氏がその著書の中で小林一茶氏が引用した言葉として紹介していたものです。
宮城谷氏は努力し得る才能であり努力する才能ではないところに注目しておられました。
何の努力もしないで8割の評価が得られればそれが一番楽でいいと思っていた時、この言葉に出会って自分の愚かさを痛感しました。
ある分野で何の努力もなしに良い評価を得られても他の分野では全く通用しないかもしれません。
しかし努力できる力さえ持っていれば、あらゆる分野において活躍できます。
成功を収めようと思ったら努力するほかはない、努力し得る才能のみがあらゆる分野に通用する唯一の才能である、これも自戒の言葉です。
4.偉人とは苦難のかたまりのようなものだ。偉人になりたいと望むことは、天に、死ぬほどの苦難をくださいとねだることだ。苦難のない人などこの世にいないが、その苦難の量と質によって、庶民は庶民でしかなく、賤臣は賤臣でしかないといえる 『奇貨居くべし(宮城谷昌光)』
人は苦難に直面するとより楽な道を選ぼうとしがちです。
しかしその時には何のメリットもなかったとしても、より難しい道を選び努力することで人は成長し、いずれ成功をつかむのだと思います。
易しい道と難しい道、二つの選択肢があったときには必ず難しい道を選ぶ、これもまた自戒の言葉といえます。
5.天知る、地知る、子知る、吾知る、何ぞ知るものなしといわん 『十八史略(曾先之)』
天が知っている、地が知っている、あなたが知っている、私が知っている、どうして知るものがいないといえようか。
「誰も知りませんから」といわれて賄賂を渡された揚震が、賄賂を受け取るのを断ったときの言葉です。
天と地の部分はおいておいても「あなたも知っているし私も知っている」という言葉には感銘を受けました。
人は誰も見ていないと多少の悪事はかまわないかと思ってしまいがちです。
そんなときの自戒の言葉です。
と、いくつか挙げてみたのですが、すべて自戒の言葉で困りました。
私は自戒だらけでがんじがらめになって生きているのだと実感する結果になるとは思いもしませんでしたので。
人間誰でも多種多様な規制に縛られて生きているのだと思いたいです。
しかし「心に残った一文はなんですか?」ということなので一つに絞らないわけにはいきませんね。
私のこれまでの人生への影響度を考えると私に努力の大切さを気付かせてくれた3のゲーテの言葉「天才は努力し得る才能である」が最も心に残っているといえます。
ちなみに解釈はだいたい通用しているものと同じであると思いますが、一部私の思い込みもあると思います。
私は上記の意味で人生に影響を受けたので自分なりの解釈をここでは示しておきました。
この文章を私の知り合いが読んだら、このBLOGを書いているのが誰かわかってしまいそうですね。