伝染病の種類と歴史 ペスト
ペストはヨーロッパで黒死病と言われ、古代から中世において天然痘と並んで最も恐れられた疫病である。
ペスト菌によっておこされ、病で野生のげっ歯類に発生、蚤を媒介として家畜や人に感染する。
2~7日間の潜伏期間を経て発症、全身のリンパ節、内臓で繁殖、1週間で死に至る。未治療の場合の致死率は60%と言われる。
アテナイのペスト
BC429 ペロポネソス戦争の際、ギリシアのアテナイで発症。
「アテナイのペスト」として史実に伝えられる。
ペリクレスも死亡しているが、現在はペストではなく天然痘かチフスと言われている。
ユスティアヌスのペスト AD542
東ローマ帝国で流行した腺ペスト。ローマ皇帝自身も感染したため「ユスティアヌスのペスト」とも呼ばれた。人口の約半分が死亡、国土全般から旧西ローマ帝国領、ブリテン島周辺、フランスへと約60年かかって拡大し続けた。
黒死病 14C
モンゴル軍がペスト菌を媒介する蚤と感染したネズミを持ち込みヨーロッパに蔓延したとする説が有名。
中国(モンゴル)、イスラム世界(マムルーク朝)で流行、クリミア半島経由でヨーロッパ全土に拡大した。
14世紀末まで3回の大流行と多くの小流行を繰り返し、猛威を振るった。
ユダヤ教徒の感染者が少なかったことから彼らによる陰謀説も流れ、
迫害も起こった。
ペストの流行は、農奴制(荘園制)に大きな影響を与えた。
農村人口の減少により農民の価値が高まり、地代軽減や待遇改善につながってゆく。「メメント・モリ」という標語が流布、ボッカチオ「デカメロン」でも生々しく書かれている。
16,17Cも流行のたびに魔女狩りやユダヤ教徒の迫害する事件が多発した。
ロベルト・コッホに師事した北里柴三郎は腺ペストの病原菌を共同発見した。
のち抗血清におり腺ペストの治療法が確立された。
1896年横浜に入港した中国人船客がペストで死亡、日本初のペストである。
1899年には45人のペスト患者が発生、40人が死亡するが北里の尽力で「伝染病予防法」を成立。


